第84話  朝


 翌日、朝早くから町長の家に行って、あと二、三日は村に留まる事を伝えた。


 リアムを縛ったまんま馬車に投げ込んでも良かったんだけど、万が一にも見つかって怪しまれたくなかったからね。

 川を越える事は禁止されている訳じゃ無いけど、川の向こうに何が有るって訳じゃ無いから、伯爵領に向かうこと自体、あまりいい顔をされない。

 何より、この村の成り立ちを考えると男爵に連絡が入る可能性は高いんだ。


 なら、少しでも怪しまれるのはゴメンだ。


 純粋な商人として儲け話を探しに行く、ってイメージを壊したくない。

 まあ、『あんな強い商人がいるかっ!』って言われたら返す言葉も無いんだけどね。


 とにかく、『奴隷のひとりが風邪を引いた様だから出発を2~3日延ばすことにした』と村長に伝える。

 それから、無料だった客人用の家だけど『こっちの都合で無用に泊まるのだから』と言って少しだけど宿泊費を払う。


 金に不自由はしてないけど、わざとケチった金額しか出さずに、この村に泊まるのはイヤイヤなんだってポーズを作った。

 でもやっぱり、それが上手く行ったみたいだ。

 余所者の俺たちを怪しんでいた筈の村長の態度が、いきなり変わる。

「この村は現金収入が少ないですから、多少の色を付けて下されば、他に必要なものも用意しますよ」

 なんて言って、急に機嫌が良くなった。

 実際、欲しいモノもあったから都合が良い。少しばかり言葉に甘える。


「そう、なら少しばかり食糧を。特に牛乳を分けてもらえるかな?」

「後でお届けしますよ」

「いや、それじゃあ大変だろ? 牛乳ぐらい、絞り終えるまで待つさ」

「これは気を遣って頂き、ありがとうございます」


 甘えるとは言っても、度が過ぎちゃいけない。

 表では和やかに、裏では互いに『借りは出来るだけ少なめに』って感じで話が進む。

 これならどうやら、すぐに男爵に通報っていう最悪の事態は避けられそうだ。


 取り敢えずは一段落だ。ホッとして客屋に戻った。


 分けてもらった牛乳を温めると、カップを持ったまま二階に上がる。

「リアムはどう?」

「さっき目が醒めて、暴れ始めたの」

「えっ!」

「あ、今は大丈夫。あたしの魔法で寝かしつけちゃったわ」


 へ~! そんな事、出来るの?


 ローラはすぐに俺の言いたいことに気付いたらしく、肩をすくめながらも教えてくれる。

「言っとくけど、戦闘になんか使えないわよ。

 治癒魔法の一種で、痛みを抑える事が目的なんだから、ある程度は相手に長く触れてる必要が在るのよ。

 今回は不思議と2~3秒しか掛からなかったけどね。

 でも、あの短さじゃあ、失敗したかもしれないわ。目を離さない様にしないと……」


 そんなローラの心配を余所にリアムは眠り続ける。

 俺は客屋の台所を使って料理をつくる事にした。


 乾し肉と野菜と一緒に茹でて、野菜の形を保ったままに柔らかくする。

 茹であがった具材は一旦別にして、今度は牛乳をチーズの入った鍋を火に掛けて、溶かし込んだものに塩とワイン、あと少しの蜂蜜で味付けをする。


 テーブルの上に置いた鍋は料理が出来るだけ冷めない様に火種を貯めておける特注の土台を持った陶製のものだ。

 鍋底の更に下に火皿になる空洞があって横穴から炭火を置く事ができる。

 これはスーザで作ってもらった、この料理専用の鍋だ。

 テーブルの上でも鍋に熱を伝え続ける事でチーズが固まらなくなり、最後まで柔らかく食べ切る事が出来る。


 後は別皿に盛った具材を、ひとりひとりが好みで溶けたチーズに絡ませて取り皿から食べる事になる。

 硬いパンも鍋に放り込んで、ゆっくり絡ませると味が染み込んで美味い。


 大雑把だけどチーズ・フォン・デューってやつだ。


 この世界に来てから何度も作る様になった。あと、ハンバーグもかなりの好評。

 スーザの家ではメリッサちゃんが、どっちも、よく『作ってほしいのです!』とせがんでくる。


 只、ローラは、

『味は文句ないんだけど、どっちも“しっかり噛む”料理じゃないから余り好きじゃないわ。

 何よりメリッサの歯に良くないから、あまり頻繁には作らないでほしいわね』

 と言う。

 まあ、食べてる時の顔を見ればホントは嫌いじゃないのは分かっちゃうんだけどね。


 何にせよ手間が掛かるので、朝からハンバーグは、ちょっと無理だなぁ。

 そんな事を考えてると、いつもより少し遅めにメリッサちゃんが起きてきた。


「およよっ! 早起きでリョーヘイに負けました! ショックなのです!

 って言うか、メリッサが眠り過ぎなのです~!」

 “ガビ~ン!”って効果音が付きそうな表情で驚いてる。

 俺、この世界に来てから、結構、早起きになった方だと思うんだけどなぁ……。


 驚きの表情を隠さないメリッサちゃんとは反対に俺はショックを隠して、にこやかに答える。

「長旅で疲れたんだろ。たまには良いんじゃないの?」

 そう言ってから俺もやっと気付いた。


 これはローラの仕業に違いない。


 メリッサちゃんには出来るだけ長くリアムの異常を気付かれたくないって訳だ。

 俺も同じ気持ちだから、これは後でお礼しなくっちゃなぁ。

 どうせローラは『自分の為』って言うに決まってるんだろうけど。


 一方のメリッサちゃんは、と云えば、朝食の支度をサボったと思い込んだ様で本当に困り顔だ。

「ん~、でも、やっぱり悪いですぅ~」


 こう云う時に、やっぱり良い子だなぁ、って思う。

 誤魔化してあげなくっちゃ!


「過ぎたことは気にしないで、早速、朝飯にしよう。

 メリッサちゃんの好きなメニューだよ!」


 言われてチーズ・フォン・デューの香りにやっと気付いてたみたいだ。

 鍋を見てぱぁっと顔が明るくなる。

「はい! じゃあ、リアムお姉ちゃんを呼んでくるです」

 そう言って二階へ戻ろうとするので、慌てて引き戻した。


「いや! リアムは昨日から、ちょっとだけ調子が悪いんだ。今、ローラが見てるから!」


「はい~! でも、大丈夫ですかぁ?」 


「大丈夫! ふたりともケンカはしないよ」


「わかったです~」


 素直な返事に頭を撫でてあげると、尻尾がぱたぱと動く。

 さて、これからも上手く誤魔化していかなくっちゃなぁ……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る