第78話 ダニクスの思惑 


 ダニクス領、領都リンツ。


 侯爵の居城であるイブリアッツ城の最上階に近い一室は、日本で云うなら五十人は収容可能な会議室程度の広さがある。

 だが今、その部屋は只ふたりの人物のみによって独占されていた。


 領民からは白麺包パン侯爵と渾名される侯爵は、その鈍重な身体を豪勢な椅子に預けたまま、巨体をやや前に折り曲げるようにして階下の騎士に問い掛ける。

「では、スーザからリバーワイズ卿が消えた、と云うのは確実かな?」


 問われた騎士は、これまた巨体であるが、こちらは無駄な贅肉などひとかけらも無く。

 例えるなら、豹のような精悍さである。


 その豹は頭を垂れたままに、恭しく侯爵の問いに答える。

「はっ。僅か一機とは云え、男爵軍の装備には『リンディウムⅡ』まで備えてありました。

 演技として姿を消したままにするには、あまりにも危険な賭だったと言えます」


 騎士の言葉に一つ頷く侯爵だが、短く反論も返す。

「だが、結局は町が勝った」


「あの少年の実力ならば町を守るに充分と、考えたのでしょうな。

 今回のリバーワイズ卿の失踪はあの少年を抜きにしては成り立たないシナリオか、と」


「しかし娘ふたりまで預けたまま消えるなど、まったくもって彼らしくも無い。

 貴様の言う事も間違っていまいのだろうが……」


「侯爵様におきましても、リバーワイズ卿の狙いは未だ掴めませぬか?」


「掴める、掴めない、と言う話以前の問題なのだ。

 今、彼が自ら姿を隠すと言う事は、敵に対して、『王宮を見限った』というメッセージを与える事になりかねん」


「立場を弁えずに言上いたしますに。

 確かに今回の事、リバーワイズ卿らしからぬ迂闊さ、と感じられます」


「五年前の事件以来、王宮が機能不全となったこの国は、いつ滅んでもおかしく無い。

 各地の行政組織が生きているからこそ、国として成り立っているが、そろそろ限界も訪れるだろう」


「確かに……。国王死亡説ですが、昨年からは王都の酒場だけではありますが不敬を咎められぬ程度には口にされるようになりました。

 勿論、昼間から表だって口にする者はまだまだ少数ではありますが……」


「だが、一旦許される空気が出た、となれば、以後は広まるのも早かろうよ」


 侯爵の不安気な言葉を騎士は直ぐさま否定する。

「姫様が姿をお見せの内は、都の民も迂闊な言葉を広める事は避けるか、と」


 その言葉に、侯爵は安堵した様に頷くが、直後には再び憂いを交えた表情を浮かべた。

「とは云え、アルデリア姫は未だ十二才だ。自分で判断して動けるものでもあるまい」


 侯爵の言葉を受けて、跪いたままの騎士の瞳が一瞬キラリと光る。

「事実、お命も危ういか、と」


 この言葉に伯爵は巨体を椅子から転げ落とす程に前のめりとなる。

「近衛は?!」


「忠誠心に疑うべく処はありませんでしょうが、問題は兵数です。

 先だって半減されましたので、今は総員でも二百ですな」


「う~む。相変わらず近衛隊長のイーズン子爵と接触はできぬか?」


「今少し、時間を頂けませんでしょうか?

 何せ、王宮という場所は面会ひとつ取っても儀礼、また儀礼の連続でありまして。

 何より、彼女は侯爵様に対する最強硬派の一人でもあります」


「うむ、貴様が慎重になるのは分かる。

 四年前のように使者が殺された挙げ句、我々の『反乱』を補強する材料に使われては堪らん。

 だが、あのギルベール公爵家までもが断絶の危機にあるとなれば、最早、猶予は無いと考えるべきなのだよ」


「未だ敵の姿が見えぬ。これ程厄介なものはありませんなぁ」

 溜息を吐いて頭を左右に振る騎士。


 後々の呼び出しに備える様に、と言葉を添えて侯爵は彼に下がるように命じる。

 一礼して立ち上がった騎士は、巨体を扉の向こうへと消し去った。




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