第72話 一難去って①
壁に磔にされたリンディウム。
町の人たちが集まったのは良いんだけど、未だに、こいつが止まったのが信じられないのか、みんな遠巻きになって眺めるだけだ。
「だいじょーぶなのです! リョーヘイがきっちりとやっつけたのですよ!」
そう言ってメリッサちゃんが、竜甲の足をペチペチと叩くけど、誰もが信じられるモノじゃない。
宿屋のおかみさんなんて、慌てて飛び出してきてはメリッサちゃんを抱えると、
「危ないですよ!」
と引き離してしまうほどだ。
さすがに四メートル近い化け物だ。
いくらトドメを刺されたと言っても、そう信じられるモノじゃないんだろう。
それに、もう一つ問題がある。
こうして突き刺さったままの竜甲はこのままにしておいても良いんだろうけど、全てを放置する訳にはいかない。
そう、中には『人』がいる。
あれじゃ死んでるだろうけど、どっちにしても引っ張り出さなくっちゃならない。
このまま中で腐りでもしたら、悪臭どころか妙な病気まで流行らないとも限らないんだからね。
でも今の俺はそんな事に係わってる場合じゃない。
リアムに後を頼むと人混みをかき分けて門に向かう。
ふと緑色の髪とダークブラウンの瞳がキレイなお姉さんを見つけた。
薬屋さんもしながら、小さな怪我や病気を診てくれる町のお医者さんでもある女性だ。
「え~っと……、確か、カレンさん?」
俺の声に気づいて、彼女は一瞬ビクッとなった。
あれ、俺、なんか彼女に悪い事したっけ?
ものすごく怖がられてる感じがする。
まあ、今はそれどころじゃない。
「あの~、カレンさん。うちのローラが怪我しちゃったんです。
ちょっと見てもらえません?」
一瞬固まった彼女だったけど、すぐに気を取り直して『うんうん』と頷いてくれる。
「どちらに?」
「あ、こっちです」
ふたりで駆け出す。
ローラを隠した家が目前に迫る。
でも、俺たちはそこで急ブレーキをかける事になっちまったんだ。
何故かって?
いきなり頭上から声が響いて来たんだよ!
「リバーワイズのお弟子さん。捜し物は、この子かな?」
はっと上を見る。
何が起きてるのか一瞬、分からなかった。
確か、リーンランドとか言ってたっけ?
信じられない光景だけど、広場の真ん中の宙空に、あの妙な女が立っていた。
そう、確かに宙に浮いている。
いや、それだけならどうでも良いんだけど、その腕の中に抱えている人影は見逃せない。
ローラだ!
青い髪がはらりと垂れ下がって、顔色は真っ青になっている。
まさか……。
「大丈夫、死んでは無い。怪我も私がきちんと治した。
血の気が戻るのにあと少しかかるだろうが、これ以上は無いって程に
最後の言葉にホッとする俺達。
けど、続けては脅すような言葉が向けられて来る。
「今のところは、ね」
「どういう意味だ?」
「あんた次第では、どうなるか分からないって事さ」
「だから、何が言いたいんだよ?! 取引でもしたいのか?」
「話が早くて助かるね。この娘はサッカールと引き替えだ」
「サッカール……って? もしかして、あの竜甲の中身って生きてんのかよ!?」
「うむ。悪運の強い奴でなぁ。どうやら内部で身体をひねってあの杭を避けているらしい。
唯、その無理な姿勢のおかげで全く身動きが取れなくなっているようだ」
そう言ってクックックッと笑う。
この女、なんだかレヴァみたいだ。
「それと、もう一つ」
「何だよ?」
「その手の中のモノをいただきたい」
「これ?」
女が指した俺の右手に握られていたモノ。
それはローラの能力を使って土から生みだされた『投槍器』だった。
あの最後の攻撃で竜甲にトドメを刺した爆発的な貫通力の秘密。
それが“これ”だ!
投槍器ってのは、文字通り槍を投げるための器具だ。
L字型をしてて、くぼみに槍の尻を引っかけて投げると最後の瞬間まで力を伝えることが出来る。
実に単純な作りだけど、自分に合わせた投槍器を作るには何度も調整が必要だ。
あの一瞬で作り上げられたのは、やっぱりイメージを形にする『欠片』の力なしには不可能だったと思う。
見事な出来映えがあの威力を生んだ。
え?
あれだけの力があるんだから槍なんて普通に投げりゃ良いだろって?
違うんだなぁ。
実は槍ってやつは投げるにはあまり向かないモノだ。
よっぽど上手い人間でも大型動物を一撃で倒すなんて事は、まず出来ないんだ。
50万年前に槍が生まれてから、人間の狩猟能力は格段に上がったけど、今一歩のパワーは足りなかった。
だから、集団で行う大型動物の狩りが常に危険と隣り合わせな事に変わりはないまま、更に数十万年が過ぎて行く。
ところが四万年前、とんでもない補助器具が現れた。
それがこれ、『投槍器』
こいつは『テコの原理』を利用して投げるときの威力を爆発的に上げることができる。
例えば、男子槍投げの世界記録は百メートルにちょっと足りないくらいだけど、投槍器を使えば、一般男性でも少しの練習で百五十メートルを楽に飛ばす事ができる。
熟練者ともなると飛距離は平均二百メートル以上、射出速度も時速百五十キロを楽に超えるんだとか。
そんな恐ろしい威力の投槍器を生き物に使ったらどうなるか?
そりゃ、誰もが気に掛かる、
そこで一九八〇年代にアメリカの大学教授が死んだ象を使って実験したらしい。
そのときの記録では、石と木だけで作られた槍でも、あの厚い皮膚どころか、肋骨を砕いて心臓まで楽々と達し、体内をめちゃくちゃにしちまったそうだ。
普通の人間が象を相手にしてもこうなる。
なら、魔力を上乗せした俺の力で投槍器を使えばどうなるか。
しかも槍はリバーワイズさん特製だ。
当然だけど、結果は予想通りだったって訳だ。
さて、この女がほしがってる投槍器はローラの『土の欠片』から生まれたモノだけあって、見事な出来だ。
まるで日本のメーカー工場で作られた金属製品みたいな精密さがある。
でも、この世界でも投槍器なんてとっくの昔に出来上がってる筈だ。
何でこうも気にするんだ?
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