第73話 一難去って②
ローラの安全が掛かってるんだから、“渡さない”って選択肢は無かった。
直ぐさま『投槍器』を放り投げると、リーンランドは片手でそれをキャッチする。
「それで良いだろ! さっさとローラを離せよ!」
怒鳴る俺に向けてリーンランドは、目を細くする。
睨んで居る訳じゃ無い。
只、その目だけで“不快だ”って言ってるのは分かった。
「おい、一度しか言わないからよく聞け」
予想を裏切らないゾッとする様な冷たい声が響く。
「な、何だよ?」
「私に命令するな」
「俺は、お前の家来じゃねぇ!」
「私は、一度しか言わんと言ったはずだが?」
静かな口調は変わらない。
でも、だからこそヤバイ! こいつの目は本気だ。
「わ、分かった! だからローラを離してくれ……」
「最初っからそうやって素直にしてくれよ。
私は命令されるのが嫌いなんでね」
くそったれめ! テメェ男爵とかの手下だろうが!
何が命令されるのが嫌い、だ!
「ともかく貴様の言い分も分かるが、まだこの娘を返す訳にはいかんよ」
「約束を守るのも嫌いなのかよ」
少し嫌味を返したけど、このリーンランドとか云う女、びくともしない。
「何を言ってる? 私の要求は最初からふたつだった筈だろ?」
「? ……あっ、あの竜甲の中身!?」
「そうだ。嫌々ではあるが、本来はあいつの方が優先で、な」
「ふ~ん、そうかい。なら、俺があっちを人質にしたら形勢、」
「逆転とはならんよ」
先回りして返される。
悔しいけど言葉でも一枚も二枚も上だ。
「いいかね? 奴は“出来るなら回収したい” まあ、私にとってはその程度の存在だ。
だが、貴様にとってこの娘は命がけで竜甲の腕の下をすり抜けるだけの価値があるんだろ?」
「……」
見透かされてる以上は言われるままに動くしかない。
門を抜けて竜甲の前に戻る。
「あれ? 魔術師殿、どうしました?」
気付いた数人が声を掛けてくる。
俺が黙って上を指すと、『ぎゃ!』っという悲鳴に続いて、誰もが目を丸くする。
それから蜘蛛の子を散らすようにみんな竜甲の周りから飛び退いていった。
町の人たちが遠巻きに見守る中で俺はリアムを引き連れて、竜甲に近付く。
「おねーちゃんを離すのです!」
相変わらず宿屋の女将さんに押さえられたままのメリッサちゃんが、必死で叫ぶ。
気持ちは分かるけど刺激しないでくれよなぁ。
「メリッサちゃん! ローラは必ず取り戻すから少しだけ待っててくれ!」
声が届いてメリッサちゃんが小さく頷いた。
ちくしょう。
あいつの位置は跳び上がるにしても、ちょっとばかり高すぎる。
あと万が一にも失敗してローラが落ちたら、それまでだ。
何より、リアムの力そのものが、そろそろ切れそうな感じがしてるんだよなぁ……。
いきり立ってるリアムには悪いけど、この男は無傷で帰すしかなさそうだ。
取り敢えず竜甲の胸板を力任せに引っぺがした。
……って、あれ? こいつ……。
あのヒゲ中年じゃん!!
胸元を貫いた破砕杭を避けて、身体をくの字にひねる姿は全く間抜けとしか言いようがない。
「ぐぐぅ……」
妙な声を出して、必死で身体を支えるその姿を見ているうち、俺とリアムは……。
「「だぁ、だはははははぁ~!!」」
「やだ~! 何ですのこれぇ~!」
「ひでぇ! 間抜け過ぎぃ~!」
「もう、おなか痛ぁいですわ~。助けてぇ~!」
「や、やめ! リアム! ツボ入っちゃったよ!」
耐えられなくなって、二人で涙を流しながら笑い転げる。
そんな中で、おっさんが爆発した。
「き、貴様らぁ~! こ、殺せ! 笑いものにするくらいなら、殺せぇ~!」
「いや、そんな同人誌でオークに捕まった女騎士みたいなこと言われても……」
「言ってることがよく分かりませんけど、なんだか卑猥ですわ。ご主人様」
「いやぁ、リアムってホントは分かって言ってんじゃないのぉ?」
「「ぎゃ~ははははっ!!」」
おっさんの台詞がダメ押しになって更に笑い転げる俺たち。
けど、次の瞬間には頭の上から声が響いて来た。
「おい!」
「あ!」
「あら、カルディアナ・リーンランド。うっかり忘れてましたわ」
「そんな奴でも死んでもらっては困るのだよ。さっさと引き渡してもらえんかな」
「分かったよ」
「はんせいしてまーす」
そう言ってリアムと二人でおっさん、いや、サッカールを引きずり出した途端、俺の中の『リアムの力』が切れたのが分かった。
危ねぇ、ギリギリだった。
さて、こうして見てみると、このおっさん、腕からなんかのコードが何本も竜甲に向かって伸びてる。
引っ張り出す時に千切れちまったけど、なるほど、こいつで竜甲とつながってたのか。
まあ、こう云う情報も収穫だ。
思いながら、リーンランドに向き直った。
「これから引き渡す。あんたもローラをつれて下りてくれ」
「うむ、よかろう」
どうやら無事に取引は終わりそうだ。
けど、その瞬間、思いっきり身体を突き飛ばされる。
慌てて起き上がった俺の視界に写ったのは、おっさんの胸ぐらを片手つかんで持ち上げながら、その喉元に剣先を当てるリアムの姿だった。
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