第71話 スーザ防衛戦⑧


「サッカールの目的はリアムとかいう小娘の始末と、それからこの町の住民を少なくとも半数は減らす事だった筈だな。

 なら、あの小僧は放置してもよいものかな?」


 少しばかり悩むが、今までの動きから見て警戒すべき相手だと思う。

 なら、警告はすべきだろうな。

 

「おい、サッカール。貴様が目の敵にしているもう一人が動き始めたぞ。

 どうする?」

『リーンランド殿、もう一人といいますと?』

「貴様が小僧と呼んでいるあの火炎使いだよ」

『む~、リアムの奴めが塀を上手く盾に使っておりまして、な』

「放置して良いのかな? あの破壊鎚を素手で地面から引き抜いて見せたぞ」

『なるほど、確かにかなりの力です。

 しかし、その程度では竜甲を貫く事は出来ませんでしょうな』

「それは私もそう思うのだが、どうにも嫌な感じがしてならん。油断するな」

『分かりました。何にせよ。鬱陶しい奴ですからな。先に片付けましょう』



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【おっ、奴め。こっちに頭を向けてきたぞ。さて、どうする?】


「レヴァ、これから火炎弾を撃つけど、破壊力は後回しにして、温度を上げる方向に威力を向ける事はできるか?」


【無論だ。だが、さっきも言った通り、熱は奴の内部までは通らん。

 打撃力をぶつける方がまだ勝ち目は高いのではないか?】


「考えがあるんだよ」


【良かろう】


 ズシンと地響きを立てて壊れた塀の仲程から竜甲が地面に飛び降りる。

 一直線にこっちに向かってきた。

 走りながらも後ろの穴から体を少しずらして、自分の後方にリアムが来るように計算してる。

 なるほど、俺の火炎弾で吹っ飛ばされたら、そのときはリアムや防壁を巻き添えにしようって腹か。


 けどね、そう思い通りには行かないよ。


 火炎弾を連発する。熱量だけを上げたものだ。

 圧力はほとんど無い。


 二発、三発、四発……。


 全部直撃だ!

 でも、リアムの言うとおり火炎魔法に対応した作りってだけはある。

 まるで効いて無いね。

 体の色を赤く変えながら、じわじわと近づいてくる。

 真っ赤に燃え上がった体は、火炎弾の熱を表面で止めてるからなんだろう。


 その上、ため込んだ熱を少しずつ放出してるみたいで、周りの空気までゆがんで見える。

 とうとう奴の声が聞こえる所まで近づいて止まった。

 ここまでは三十、いや四十メートルぐらいかな?


『小僧、馬鹿なのか馬鹿でないのか分からん奴だな。

 俺を吹き飛ばせば、後の壁がどうなるか、そこに気づいて火炎弾に圧力を加えないのは正しい。

 だが、このリンディウムⅡの防炎能力はもう分かっただろう?

 確かに貴様の魔力量は相当なものなのだろうが、こいつの限界を超える前に貴様の限界が先に来る事は考えなかったのか?』


 言いたい放題言われて黙ってるのも気分が悪いね。

 真正面から奴をにらみつけて怒鳴り返してやる。

「ふん! やってみなくちゃ分からないだろ?」


『ほう? ならばやってみろ。

 但し、このリンディウム、十分な熱量を集めたなら逆流を起こして相手にたたき返す事もできる。

 つまり貴様の限界を超えても倒せぬその時は、今度は貴様が蒸し焼きになる番という訳だ』


 え?

 えぇ~!


「ちょ、ちょっと~! そんな話、聞いてないぞぉ! リアム~!」


「あ……、忘れてましたぁ~!」

 思いっきり怒鳴ると、それに負けない音量でリアムの返事が響いて来た。


『わはははは! 何だ、それは! 新手の漫才か!』


 本気で笑い転げてやがる。

 なんか、むかつく!

 けど、こう云う時こそ駆け引きが大事だ。

「あとどれくらいで、それが可能になるんだよ?」


『ふむ、貴様の火炎弾の熱量はなかなか高い。だが、あと三発は欲しいかな』


「つまり、本当はあと一発って訳ね」


『……』


「図星かよ!」


「ご主人様、危うく二発目で蒸し焼きになるところでしたわねぇ」


『ふざけおって、貴様ら! 自分の火炎で熱せられた足で踏みつぶされて、死ね!』


「おっと、こいつが見えないの?」


 そう言って破砕杭の根本を持って高々と掲げる。

 ごつい金属の塊が禍々しくも、今は頼もしい。

 けど、サッカールにはまるで効き目がなかった。


『ふん。貴様、腕力までなかなかの様だな。

 だがな、いくら馬鹿力とは言っても、さっきのような至近でも無い限り当たるとは思うな。

 それに、だ。

 魔力バリスタならばともかく、魔法力を上乗せした程度で人間が投げる槍が竜甲を貫けると思うのか?』


「余裕だねぇ」

 言葉が終わらないうちに火炎弾を打ち込む。

 避けきれなかった奴に直撃した。


「はぁん、本当に避けられるかどうか、怪しいねぇ?」


『貴ッ様ァ~! 避けられないのでは無い! 避ける必要が無いと言っておるのだ!』

 そう言って奴は足を踏み鳴らし、その場にどっしりと立つ姿勢を見せる。


「ほう、言ったね……。じゃあメリッサちゃん、頼む!」


 と次の瞬間、竜甲がいきなり爆発した。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「馬鹿な!」


 サッカールの装着したリンディウムの真上に現れた大量の『水』

 まさか、まさか、まさか。

 私以外にも気付いて居た者が居たとは……。


 火炎に強い竜甲。

 その限界を超える方法を考えた時、普通なら、より強力な火炎や油を使う、と考える。

 実際、いかに火炎対応型のリンディウムⅡとは言っても限界はある。

 だから、攻城戦などでは城壁からの油攻めには気を使いすぎる程に気を使うものだ。


 だが、あれは違う。

 私も近頃ようやくたどり着いた新戦法。それをあの小僧は軽々と使いこなして見せた。


「水蒸気爆発……。いや、それに“あれ”は!」


 煙が晴れていくと、魔術師の小僧が手にするモノが目に写る。

 気付くと、いつの間にか私は走り出していた。


 マズイ、間に合いそうに無い……。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 火災現場に金属の切り屑などが大量にある場合は、特に水蒸気爆発に気をつけなくちゃならない 。

 水蒸気爆発ってのは、とんでもなく高温になった金属に水を掛けると突然の爆発を起こす現象だ。


 爆発の原理には二種類あって、まず一つ目は高温金属と水が接触することで水が水素と酸素に分解してしまい、その分解した水素にまた火がついて爆発を起こすってのがある。

 もう一つは高温によって水が爆発的な速度で水蒸気になり、体積を急激に増やすことで爆発現象を起こす。


 これは金属が高温になればなるほど、細かくなればなるほど起こり易くなる。


 俺が叩き込むだけ叩き込んだ火炎弾で、リンディウムは真っ赤に輝くほどに加熱していた。

 後は出来るだけ急激に、低温で大量の水に付けてやるだけだった。


 まず、奴を高温化させる。

 それから動きを止める。

 ここまでが、第一の俺の仕事だ。


 そうして動きの止まった奴の真上に、メリッサちゃんが作り上げた大量の水が降り注いだって訳だ。


 さて、じゃあ次の仕事だ。


 ケリを付けるぜ! ズールさんとやらよ!


 右手の破砕杭の根本を押さえて、そのまま高々と掲げ持つ。

 奴の体はとっくにヒビだらけだ。


 いくら頑丈な竜甲だって、ああもヒビが入ったんじゃあ、こいつの威力に耐えられるかな?

 ローラの力から生まれた『秘密兵器』を破砕杭の根本にセットする。

 それから、かなりの恨みを拳に込めた。


 てめえにやられたローラの怪我は軽くないんだ。

 しっかりと仕返しさせてもらうぜ!


「うおおぉおおおぉぉぉ!」

 雄叫びと云っても良いほどの声に合わせて、思いっきり振りかぶった腕を振り降ろす。

 振り切ったと思う間もなく、ドゴッ!と派手な音が響いて、破砕杭パイルバンカーは奴の胸元を楽々と貫いた。

 流石は『新兵器』

 あまりのスピードに、声を出し切る前に破砕杭パイルバンカーは奴に届いちまった。


 胸元に破砕杭パイルバンカーを突き立てたまま奴は吹っ飛ぶ。


 やったぁ!

 ……あれ、マズイ!


「リアム! 逃げろ!」


 少しだけ、威力が足りなかったみたいだ。

 パイルバンカーは貫いた竜甲を宙に浮かせたまま、塀に向かって一直線だ。


 あのままじゃ塀をぶちこわして、街中に突っ込んじまう。


 ドーン! ドドドッ!


 凄まじい音が響いた。


 思わず目を閉じて、そっと開く。


「ふ~! 危ねぇ……」


「やりました! 確実にやりましたわ、御主人様ぁ!」

「やったのです! リョーヘイ、凄いのですぅ!」


 塀の上で小躍りして喜ぶリアムとメリッサちゃんの二人。

 その真下には、両腕を失った上に壁に串刺しになってぶら下がる竜甲の姿があった。


 流石の竜甲も、ああなりゃ、只のゴミだ。


 かぁ~っ! 我ながら、ホント、良く、やったよ……。

 その場に、へたり込んだ。


 ふと顔を上げると、塀の上には次々に町の人たちが上がってくる。

 最初、自分達の真下ではりつけになった竜甲を見てあっけにとられて居たけど、次第に、

『勝った!』

『守りきった!』

 って声が、あちこちから聞こえて来る。


 その声は段々と大きくなって……、最後は大歓声になった。






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