第70話 スーザ防衛戦⑦
町の男達が次の岩を投石機に運び上げている。
その死角を抜けてメリッサちゃんを塀の上に引き上げると、リアムと一緒に“ついたて”の影に潜んでもらった。
さあ、リンディウムが起き上がってくる。
ここからが勝負だ。
「来たぞ! 良く狙えよ!」
イブンさんの声が聞こえるけど、その声にはわずかな焦りが感じられる。
「多分ですが、イブンさんは竜甲兵相手の戦闘を体験した事があるのでしょう」
リアムが呟く。
「分かるの?」
「手際の良さ、ですね。あと、次弾が外れる可能性が高い事に気付いて焦っていますので、相手を甘く見ていません。
素人ならさっきの一発で調子に乗ってもおかしく無いのですが、ここからの危険性をよく分かっていますわ」
「あの狭い隙間から入って来るのに、外れる可能性があるの?」
「御主人様、忘れないで下さい。ほんの僅かですけど竜甲は立体的に動けます」
“あっ!”となった俺の表情を確かめてリアムは言葉を続ける。
「元々、投石機で竜甲を止めるのは、その後に魔術師や剣士と連携して相手の弱点を突く事を前提にしています。
それも無しに投石機だけ持ちだしても、絶対に勝ち目は無いと思います」
「それに気付いてるのに攻撃してるってのか!?」
「町長さんの姿が見えませんわ。ですから多分、女性や子供を避難させる時間稼ぎではないのでしょうか?」
その言葉に思わず喉がゴクリと鳴った。
「分かってたつもりだけど、こりゃ責任重大だな……」
「でも、大丈夫ですわ」
「なんで?」
「御主人様ですから!」
リアムのあっさりとした肯定に、何だかおかしくなった。
「あれが外れたら、時間稼ぎは頼むよ。でも、無理は無し、な!」
「はい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
御主人様は“無理をするな”と仰いましたけど、そうはいきません。
今後、この町で御主人様が平穏に生きていけるかどうか、この一戦に掛かっています。
なら、この命、賭ける価値はあります。
それに、あの竜甲、かなり動きが鈍くなってますわ。
ズールの奴がどうやって“あれ”を装着出来ているのかは知りませんが、無理をしているのは確かですね。
今までの恨みもあります。
ついでですので、徹底的にやらせてもらいましょう。
再度、塀を乗り越えるリンディウムに石弾が打ち出されます。
同時に御主人様は塀から飛び降りて、町の外に出ました。
石弾が奴に迫りまりますが、動く様子が見えません。
避ける気が無いのでしょうか。
あるいは避けられない、とか?
バコン!
「ああっ~!」
町の男達の悲鳴が上がります。
もしかすると私の声も重なったのかもしれません。
でも、そうもなります。
まさか、あの石弾を腕で叩き落としてしまうなんて!
流石は竜甲と言うべきでしょうが、あんな
まあ、私は実戦に出たことが無いので、戦場ではあれが普通なのかもしれませんけど。
あら、感心している場合ではありませんわ。
このままでは塀を乗り越えられてしまいます。
では、いよいよワタクシの出番ですわね。
覚悟なさいな、ズール・サッカール!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
走りながら後ろを見ると、あの竜甲が石弾を右手で弾き落とすのが見えた。
とんでもない馬力に一瞬あきれる。
と、壊れた塀の右手からリアムが竜甲に向かって跳んだ。
リアムは器用に奴の頭の上に立つと、逆手に持った剣を顔面に突き立てる。
後から見てるんで良くは分からないけど、多分、奴の目を狙ったんだと思う。
大きく頭を振った竜甲から飛び退いたリアムは、今度は反対側、左手の塀に跳んだ。
怒り狂った竜甲が塀を叩き壊しながら、リアムを追う。
剣を構えたままのリアムは塀の上をゆっくりと下がっていく。
塀が邪魔になってるから、すぐに追いつかれる事は無いだろうし、どっちかと言えば鈍重なタイプだって話だったから素早く左右に回り込んでくるなんて心配も無い、とは思うけど……。
おっといけない。
俺は俺のやるべき事をやらなくっちゃ!
突き刺さった破砕杭まで辿り着くと、すぐにそれを引き抜いた。
そいつを左手に持ったまま、右手を地面に当てる。
手のひらがじわっと温かくなるのを感じるけど、特に変化は起こらない。
「レヴァ! 何も変わらないぞ!」
【『土の欠片』は、別名を持つ。
二つ名があると云う事は、当然だが扱いの難しさをも意味する。
だが、決して扱えぬと云う訳でも無い。
ならば発動まで時間が掛かるぐらいは我慢すべきであろう?】
クソッ!
【焦るほどに時間が掛かるぞ】
分かったよ!
フッ、と息を抜いて気持ちを落ち着ける。
視界の隅では、塀を盾代わりにしたリアムが竜甲と生身で戦っているのが見えるけど、今は彼女を信じるしかない。
じっと手に意識を集中させる。
おっ!
おお、おおおっ! お―――! キタ――!
地面の中からボコボコと反応があって、少しずつ形が出来てくる。
そして、遂に俺の手の中に『望んだモノ』が収まった。
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