第60話 誤解と和解


 何という事でしょうか!

 全く持って「マズイ!」としか言いようがありません。


 町の会合から戻って来た御主人様は、何故か一目散にローラさんの部屋へと入って行きました。

 良くない事かと思いましたが、ワタクシには御主人様をモノにする、いえ間違えました。

 御主人様を護衛すると云う大切な任務があります。

 ですから、御主人様から目を離してはいけません。


 その様な訳で、天井裏からローラさんの部屋の上まで行きます。

 鼠がいましたが、軽く睨み付けると何故か気絶してしまいました。

 全く失礼ですわね。

 あと、蜘蛛の巣が髪に絡みそうで嫌になります。


 さて、天井板の隙間から、下を覗くと……。


 あら、私、目がおかしくなったのでしょうか?

 確か竜の肉を食べて身に付けた能力は……。

 まず「豪腕」「高速移動」「動体視力」、それから後は「高聴力」と「気配察知」に「隠行」でしたね。


 ですから、ええ、目には自信がありますとも!

 となると、アレは見間違いではない事になります。


 眼下に見える光景。


 御主人様がローラさんを抱きしめて、

「誰にもやらない!」

 なんて言ってます。


 はは……、え~、あれ?

 ああいうのって、え~っと。た、確か、プ、プロポー、いえ!


 いえ! いいえ! 今のは“聞き違い”です!


 そんな事が絶対にある筈はありません!

 あってはいけません!


 でも、でも万が一、そうだったとしたら、どうしましょう?

 貴族と奴隷の身分差だって、御主人様なら何とかしてしまいそうです。


 御主人様ぁ~! あんな“がさつ”なのが好みなんですか?


 リアムは、リアムは納得いきませ~ん!



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 泣きながら、町を歩いているといろんな男が声を掛けて来ます。

 軽くつつけば、すぐに消えてくれますが、全く、少しそっとしておいて欲しいものですわ。


 あ、お芋屋さんですね。

 泣きすぎてお腹が減っちゃいました。

 十キロほど買い込んで、食べながら歩きます。

 こうなったらヤケ食いです。


 あら、美味しい。


「リアム!」


 半分ほど食べたところで、誰かに声を掛けられた気がします。

 誰だか知りませんが、今、少しだけ気分がまぎれ掛けてるんですから、そっとして置いて下さいな。


「ねえ、リアム!」


 あら、この声!


「ご、御主人様……」

 そこには息を切らせた御主人様が立っています。

 町中を捜して下さったのでしょう。額の汗を見れば分かります。


「捜して、下さったのですか?」


「途中からは、ひっくり返ってる男達をたどったんで楽だったよ」

 何故か苦笑いの御主人様ですが、どうやら、ワタクシにつつかれた男達は、全員ふっ飛んじゃってたみたいですね。

 また御主人様に御迷惑をおかけしてしまったみたいで、恥ずかしくなります。


「リアムが泣きながら飛び出して行った、ってメリッサちゃんに聞いて追っかけて来たんだけど……」


「な、泣いてなんかいません!」


「そう? それなら良いんだけどね。でもさぁ。その目、酷く赤いよ」

 そう言って御主人様は自分の目を指さします。

 私の目が、そうだ、と言いたいのでしょう。


「えっ!」

 驚いて、袖で顔をこすります。


「やっぱり、泣いてたかぁ」


 引っかけられました。

「……」


「どうしたの?」


 恐い。でも、聞かなくっちゃいけません。

「……あの、……ローラさんと、結婚、するんですか?」


「はぁ?」


「すいません。でも、ワタクシ聞いてしまったんです。

 その、御主人様が、ローラさんを『誰にもやらない』って……」


「あっ!」


「やっぱり、そうなんですね」


「いや、それは、ちょっと違って……」


「ちょっと? “ちょっと”って何ですの?

 私は奴隷です。奴隷に気を使う必要なんてありませんわ」


 私がそう言うと御主人様は少し困った様な顔になりました。

 それから、私の目を見てゆっくりと話し始めます。

「確かに形として、リアムは俺の奴隷って事なのかもしれないけど、俺はリアムを、そんな風に考えた事は一度も無いよ」


「えっ!」


「今はそうするしか無いから、『奴隷』って事にしてるけど、それはリアムの安全の為なんだ。

 信じてもらえないかな? さっきのローラの事だって、そうだよ」


 目の前が急に明るくなった気がします。

 ええ、勿論! 勿論信じますわ!


 でも、でも、もうひとつだけ聞きたい事があるのです。

 私は我が侭です。

 でも、この気持ちは止められそうもありません。

 ですから、思い切って尋ねます。

「御主人様は……、いつかは私を必要としなくなりますか?

 私を手放してしまわれますか?」


「そんな事ないよ! ずっと必要だよ!

 いや、必要とか必要じゃないとか、そんな事じゃなくて、必要でなくても、ずっと側にいて欲しいよ!

 だから、あれ? う~ん。どう言えば良いんだろうなぁ……?」


 御主人様。何だか、本当に困ってます。

 でも、今、確かに聞きましたわ。


 “ずっと側にいて欲しい”って。


 もう、それだけで充分です。

 人目なんか気になりません。

 大好きな御主人様に思いっきり抱きついちゃいました。




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