第59話 要求②


 この部屋に入った時に感じた“視線”の正体にやっと気付いた。

 あれは、俺がイジメをしていた連中と対決している時、周りにいた“その他大勢”の視線だ。


 同情と、哀れみ、それに加えて“馬鹿な奴だ”と、騒ぎを起こす厄介者を見て、その災難が自分に降りかからない様に警戒する。そんな視線。

 嫌ってほど見てきた視線のはずなのに、すぐに思い出せなかったのは、俺が今、幸せだからなんだろうね。

 これから先、リバーワイズさんを救うという目標もあって、未来が完全に明るい訳じゃ無い。


 でも、あの屋敷で過ごしてる今、俺は本当に幸せだ。

 これからどんな苦労があっても、あの三人となら幸せだ。


 それなのに、その幸せの元になってるローラを『よこせ』、だって!


 ローラ、メリッサちゃん、それにリアム。誰一人、誰かに奪われるつもりなんか無い!

 そんな事になるくらいなら、この世界全部敵に回してでも戦ってやる!


 煉獄も地獄も関係ない!!


 あの時とは違う。

 今の俺にはそれぐらいの我が侭を通す力はあるんだ!

 怒りが沸々ふつふつと体内に湧いてくる。


「ま、魔術師殿! そのお体は!」


 周りがざわめき、町長が叫び声を上げる。

 全員が壁に張り付いて、身動き一つせずに固まってる。

 誰もが俺を見て怯えてるのが分かった。


 えっ? 俺に何が起きてるってんだよ?


 壁に掛けられた大きな姿見サイズの鏡に自然と目が向く。


 思わずおかしな笑い声が出でてしまった。

 その声に誰もがビクッとして身を引こうとするが、全員が壁に張り付いているんじゃ、これ以上下がりようもない。

 だけど、それでも焦って後を見たがる彼らの気持ちも分かるよ。


 ああ、姿見の中に映ってたのは確かに、俺だ。

 でもね、俺が俺じゃ無くなってた。


 両目が不気味なほどに紅く輝いて、強い光を放っている。

 でも、その光は何故かどす黒い。


 いや、それだけじゃない。

 今、俺の身体の回りにはモヤのような、妙な空気が漂ってて、ある生き物の形を作っている。


 竜だ!


 リアムが身に付けていた、あの小翼竜ワイバーンを数倍凶悪にしたような影が俺の全身を覆っている。


 なるほど、こいつがレヴァか……。


 いや、今は俺か。

 取り込まれる寸前なのかもしれない。

 でも、それでも構わないさ。

 気持ちが高ぶる。

 そこに居るだけで相手を怯えさせる圧倒的な力が俺を高揚させているのが分かるけど、それすら心地良い。

 俺の笑い声は段々と高くなる。

 狂人になったみたいで本当に気分が良い。


 ああ、そうだ!

 気に入らない奴はどいつもこいつも喰い殺してやる!


 喰い殺す……。


 馬鹿! 何考えてるんだよ俺は!


 案の定だ。奴が出てきた。


【ほう。まともに戻りおったか。どうやら、まだ少しばかり早かった様だな】


 レヴァ、テメェ、今、俺を乗っ取る気だったな。


【なに、少しばかり可能性を計らせてもらっただけよ。まあ、お主の中で自由にさせて貰った事で、更に力を上げる事には成功した。

 今はそれだけで充分よなぁ。

 さて、その怒りのままに『禁呪』を唱えられては適わん。逃げさせてもらうぞ】


 そう言ってレヴァは消える。

 シューっと焼け残しの焚き火に水がかかるような音がして、俺を包んでいた影が薄れてゆく。


 そうして姿見の中の俺は“元の俺”へと戻った。


 次の瞬間、ドサッ、ドサッっと連続して音が響く。

 壁に張り付いていた会合メンバーが腰を抜かして、壁から床に滑り落ちた音だ。

 何人かはドアに向かっておうとしているんだけど、身体が上手く動かない様だ。


 どいつもこいつも完全に腰が抜けちゃってる。

 何だかおかしくなった。


「ぷぷっ!」

 思わず吹き出してしまう。


「ま、魔術師殿!」

「いや、脅かして悪かったです。町長さん。

 でも、わざとじゃありませんよ。腹が立つと“こう”なっちゃうみたいでして」

「尚更恐いですよ!」

「そう言われるとそうですね」



 結局、会合は明日へと延期になった。


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