第58話 要求①


 商会長はイブンさんって言う。

 悪人って程じゃないけど、やり手の商人だけあって油断が出来そうにない人だ。

 身長は俺よりずっと小さくて、百六十センチぐらいだけど、この世界では平民の標準かな?

 でも筋肉質で、日焼けした肌は屈強で健康的だ。


 右目の目尻から口元にかけての刀傷は、昔、傭兵だった頃に付けられたものだとか。

 多少頭は切れるけど、豪快さが男の価値だって信じるタイプの田舎者。


 はっきり言って俺の苦手な部類に入る。


 まあ、こう云うタイプは実はイブンさんだけじゃない。

 中世的なこの世界の人たちの考え方って、ちょっとばかり子供じみたところがある。

 だから自分の方が大人に感じちゃうシーンも多い。


 そういう訳で、俺はこの世界の誰に対しても気後れしないで相手できるけど、イブンさんみたいなタイプは、地球で会ったら恐い大人に当てはまるから、何を言い返すのも難しかっただろうね。

 俺の魔術がリバーワイズさん仕込みって事になってて、誰もが一目置いてくれるのは、本当にありがたい。


 何よりこの短い間に、充分な実績があるのも大きいよね。


 だから、堂々と聞き返す。

「イブンさん。俺が何かのトラブルを持ち込んだって事?」

 露骨に不快感を演出して見せるとイブンさんが少し怯んだのが分かる。


 でも、彼にだって周りに対する面子があるから、声を張って睨むように話を進めて来る。

 とは云え、決して俺を怒らせない様に気を使っているのも分かった。


 確かに、イブンさんの話は、聞けば聞くほど、腹の立つ内容なんだもんなぁ。



「と云う訳で、ローラちゃんと引き替えだそうだ」

 話を終えたイブンさんは、椅子から少し腰を浮かせて、いつでも逃げ出せるように用意してる。

 そりゃそうだ。

 いくら虚勢を張ってても、万一、俺が暴れ出したら絶対に誰にも止められないんだからね。


 しっかしなぁ……。

 ホント、暴れたくなりそうな話だよ……。



 前から不思議に思ってた事は、あれだけの力が有って、その上『卿』の称号まで持つ、名士のリバーワイズさんが、わざわざ山小屋に身を隠したのは何故か、ってことだ。


 表向きの理由としてリバーワイズさんがローラに語ったところでは、

『侯爵のスパイが街中で騒ぎを起こすなら、まず奴隷である亜人を殺したり傷つけたりする可能性が高い』

 って話だった。

 そうしてふたりを説得して卿は山小屋に移り住んだんだ。


 でも、町長さんはリバーワイズさんの本当の狙いを知っていた。

 実は具体的にローラの安全を考えての事だったんだって。


 地球の神話やゲームではデックアールヴ、つまりダークエルフって奴は、“闇に落ちた妖精”って事になってる。

 でも、実はもうひとつの定義があって、それはダークエルフとは実は『ドワーフ』を指すのではないか、という説だ。

 実はこの世界でも、その考え方に近いものがあって、デックアールヴはエルフと言うより、創造や構築の技能に長けた別種の妖精って考え方をされている。


 そして実際にデックアールヴは普通のアールヴ(エルフ)以上に力が強い上に、指先が器用で知能も高いことから、人間以上の発明を行う事もしばしばなのだ、とか。

 だから、奴隷市場で滅多に姿を見ないデックアールヴは、とんでもない高値で取引される。


 驚く事に、この地の領主である伯爵も、このところローラを狙っていた。

 様々な罠が張り巡らされた事で、魔法だけで対応するのは難しいと感じたリバーワイズさんは、やむなく、ほとぼりが冷めるまで私有地である南の丘に逃げ込んだって訳だ。


 振り返って考えると、リバーワイズさんって、この世界の『法』を本当に律儀に守るタイプの人らしい。


 さて、ローラを指して“とんでもない高値”と言ったけど、これは比喩ひゆじゃない。

 なんと今のスーザの町とローラの価格はほぼ同等なのだそうだ。

 まあ、この町は辺境なので値段を付けるにしても、他の町と比べて凄い安値だろうけど、それでも一人のエルフが町と同じ値段だなんて信じられない程だ。


 はっきり言って呆れた。


 いや、呆れてる場合じゃない。

 問題は、ここからだ。


 イブンさんの話によると、実は昨日、伯爵に送っていた使いがやっと戻ってきたんだそうだ。

 で、伯爵の言うことには、

「代官領の事はカサンカ家に一任してある。それでも“どうしても兵を廻して欲しい”と言うなら、行方の知れなくなったデックアールヴを探し出して引き渡せ」

 って事なんだって。


 本当に身分制度って奴は、どこまで人を苦しめるんだろうか……。




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