第57話 生きている町
男爵の防衛義務放棄を伯爵に訴えて、遂にひと月が過ぎた。
困った事に今のところ伯爵からは何の返事もない。
伯爵の家臣団内部でも何やら揉めているみたいだ、と町長は言う。
どうなってるんだろうか?
さて、それはひとまず置いて、近頃スーザの町が賑やかだ。
王国の庇護を外されて危険極まりない町になった筈なのに、近頃、やけに人の出入りが増えた。
理由はふたつ。
一つは当然だけど、『塩』だ。
塩は国内の鉱床から取れる分と輸入されるものでまかなっている。
輸入される塩は南の国から入ってくるんだそうだけど、それには西回り、東回りの二つのルートがある。
西回りから入る塩は領都を通過するので、ほとんどがそこで消費されて、この町にとってはあまり意味がない。
スーザの町を含めて、この地方に入って来る南からの物資は殆どが東側のルートに頼っている。
で、今、その東側の南下ルートが戦場になっちゃってる訳だ。
その影響で一事は色々な輸入品が値上がりした。
非常事態なら大抵の輸入品が手に入らないのは我慢できる。
だって、この世界って基本的には地域での自給自足で、輸入品なんてほとんど贅沢品だからね。
でも、塩だけは話が違う。それが無くっちゃ生きていけないんだ。
我慢とか、贅沢とか関係ない。
そういう訳で、あちこちからスーザの町に商人が塩を買い付けに来る。
そこから商売に活気が出て、他の産業も盛り上がった。
何より塩の取引の代価を“出来る限り金より物“にするようにローラが提案して、商会もこれを承諾。
お陰で、町は物不足、資金不足に陥る事も無くなって物価も安定した。
誰もがホッとしてる。
塩の鉱脈の位置を調べるために外から来た商人達はあちこちで聞き込みをしているけど、町の人たちは秘密を決して漏らさない。
そりゃそうだ。
この塩がスーザの生命線になってるんだからね。
もっとも、時たまは感づく奴らもいるけど、最後は、
『まさか、ねぇ……』
と言って話を打ち切る。
何でも、あの丘を越えて南側の森に近付くなんてのは“自殺行為”なんだそうだ。
それこそ軍隊でも動員しなくっちゃならないって聞いて、たった四人の護衛で塩を運び込んでる自分達が何だかおかしくなってくる。
さて、町が賑わっているもうひとつの理由は、ちょっと聞くと不思議に感じる話だ。
この町は、人口の割に買い物客が多いので、外から来た商人にとって楽しめる町なのだそうだ。
勿論、他の町に比べて取引の量そのものが多い訳じゃない。
人口以上に消費が有る訳は無いからね。
でも、この町では“奴隷にも買い物の権利がある”
これが大きかった。
売り手と買い手の交流が増える事で、自然と商売に活気が生まれたんだ。
会合で許可が下りて最初の一週間はあちこちで混乱の声が聞こえた。
町の人たちは喜ぶ方が多かったけど、外から来る商人は、
『人間の奴隷ならまだしも、亜人相手に物を売るなんて出来るか!』
と、差別意識丸出しだった。
でも、塩を取引する以上は仕方ない、と
早い話、『周りがやっているから仕方ない』って言葉で言い訳出来つつ商売が出来るなら、それで良かった訳だ。
後、外から来るキャラバンは卸売りが殆どだから、小売りが少なかったのも良かった。
わざわざ小売りをして、獣人に物を売ろうって人は最初っから悪意が少ない。
初っぱなに発していた亜人相手の嫌味も、結局は世間に対するポーズだったみたいだ。
ともあれ、人間って何にでも馴染んじゃうものだって思う。
さて、ここ数日、キャラバンが襲われたって話が出始めた。
次第に戦場は町に近付いてるみたいだ。
そんなある日、会合に呼び出される。
珍しく一人で、と条件が付いた。
会合部屋に入ると、何だか、やけに険悪な空気だ。
誰もが俺を見て、妙な目付きをする。
あれ?
この目付き、何処かで見たことが……。
でも、それに気持ちを向ける暇も与えられずに、町長が話を切り出して来た。
「魔術師殿。エライ事になりました! 何とかなりませんでしょうか?」
「ねえ、町長さん……。
あんた会うたんびに同じ台詞いってません?!」
少しだけど大声になってしまう俺に、横から声が掛かる。
「魔術師殿、こいつはあんたに関わる問題なんだよ」
商会の会長が俺を睨んで居た。
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