第56話 必殺の右腕


 塩の問題があっさり片付くと同時に、俺はかなりの収入を得ることになった。

 この世界での商取引の習慣が分からないのは心配だったけど、なんとローラが商人希望だった。


 リバーワイズさんは基本的に研究者だけど、他国に行くことも見越して日頃の肩書きは『商人』で通していた。

 先だって彼が捕まったのも、大きな取引を持ちかけられて罠に掛かったらしい。

 ローラは父親であるリバーワイズさんの商売を間近で見て育ったけど、表向きは“奴隷”って事になってるから自分で商売は出来なった。

 だから今回、自分ひとりで手がける初の取引が町全体を相手にしたモノになるとあって大喜びだ。


 外の町と取引をするとなれば、やっぱり俺がついて行かなくっちゃならないけど、それでも商売の根っ子を押さえる事が出来ているなら、そんな事は関係ないらしい。

 この数日はリアムに突っかかることもなく、予約に走り廻っていた。


 つまりは平和だ。


 平和……な筈だ……。


 頼む、平和だと言ってくれ……誰か……。


「ま、魔術師殿ぉ~!」

「リアム様~!」

「ローラさ~ん!」

「メリッサちゃ~ん!!」


 悩む間もなく、あちらから、こちらからと悲鳴が聞こえて、その度に俺は走り廻る。

 ローラにリアムとメリッサちゃんも同じだ。

 俺たちは今、塩を運ぶ町の人たちを守りながら、ガルム狼に囲まれている。


 その中で俺は、この世界の人たちが『グレイベア』と呼ぶ、体長三メートルを超える巨大な熊を叩きのめした処だ。

 小さい火炎弾では殺せそうもないし、威力が有りすぎても周りを巻き込みそうなので、リアムから『力の欠片』を借りてショートソードで斬り殺す。


 その間に集団で押し寄せてきたガルム狼だが、リアムがお馴染みの双刀を振り回しては叩き切る。

 後方に控えていた大きな群はローラの連弾弓の餌食になってだいぶ数を減らした。

 それからメリッサちゃんも氷のシールドを展開して町の人たちを守って、と俺以外の三人も大忙しだ。


「やっぱり、甘くなかったわね!」

 ローラの言葉に頷きつつ、俺は残る正面のガルムに小さめの火炎弾をまとめて打ち込んだ。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「リバーワイズ卿の丘に岩塩鉱脈がある」

 この一言で、町は活気づいた。

 単に塩の心配が無くなっただけじゃなく、売れば軍資金にもなる。

 優秀なバロネットを雇い入れることも出来る可能性が出てきたからだ。


 『力の欠片』でパワーアップした俺がリアムとふたりで丘を越えて毎日持ち込む量は、町の人たちが一日に消費するには充分だ。

 けど、このままじゃ保存食を作ったり他の町に売り出すには、絶対に量が足りない。

 つまり、もっと大人数で大量に運ぶ必要が出てきた。


 そういう訳で、町の男達は荷車を引いて皆で岩塩を掘りに行く事になった。

 ローラは丘の向こうの危険性を甘く見て欲しく無い、と心配したんだけど、


 リアムに、

「御主人様に勝てる魔獣など居ませんわ。それにワタクシも付いていますのよ」

 と言われて、

「なら、あたしも行くわよ」と、啖呵たんかを切る。

 そうなればメリッサちゃんが置いて行かれることに納得する筈もない。

 まあ、側にいた方が安全なのは確かなんだ、と全員で出発となった。


 と云う訳で俺達が護衛に付くことになり、町の男達は無事に今回分の掘り出しを終えた。

 そうしての帰り道。

 案の定だけど、俺たちは魔獣に襲われた訳だ。


 俺たちは互いに連携しているので大きな危険は無いけど、町の人たちは魔獣を相手にした事など無かった人たちばかりだから、荷車の影に隠れてやり過ごすのが精一杯だ。

 彼らだけが囲まれるとマズイので、ローラもリアムもメリッサちゃんも、荷車の側を離れる事は出来ない。


 そんな中で、大物のグレイベアが現れて、結局はパニックを起こした町の男たちが分断されちゃった訳だ。


 こうして、ようやっと魔獣の群を片付けて、ホッと一息を付いたけど、何故かローラが俺を睨んでる。


「ど、どしたの?」

「さっきの“あれ”は、何よ!?」

「あれ?」

「アレは、アレ、よ!」

「だから、アレって?」

「あんた、グレイベアが現れた時、自分が何したか覚えてないの?!」


 ゲッ! 見られてた!


 心臓が止まりそうになって、それからバクバクと音を立てる。

 そう、『力の欠片』を使うには……、リアムと“キス”しなくちゃいけない。

 ここのところ、ふたりで塩を運んでたんで日常になっちゃってたんだよね。

 だから、人目も憚らず自然にキスしてたみたいだ。


「いや、あれは、その……」

「リアムの方が良いの……?」

 涙目になったローラの声は今じゃあ半分は鼻声だ。

 泣き出すのを我慢しているのがはっきり分る。


「へっ?」


「あたしの大事なとこ触ったくせに……」


「いや、そうじゃなくて、あれは『力』を得るために必要で……」


「そう! あんた、ああいうので“力”が入るのね! だったら、あたしもやってやるわよ!」

 そう言うとローラの右手が俺の頭を押さえてきた。

 話が通じてないのは確かだけど、今、言い訳しても聞いてくれそうに無い。


 そのまま顔が胸に押しつけられる。

「ガードがあってちょっと硬いけど、我慢してよね……」


 いえ、トンデモない、この世の天国です。

 革製の胸当ては半分だけなので後の半分からは、感触がしっかりと感じ取れます。

 背中でリアムが騒ぐのが分かるけど、ここから離れる気にはなれない。


「な、何してるんですか、ローラさん!」


「うるさ~い!! 元々、こいつはあたしが捕まえたんだから、あたしのモノなの!!」


「え~、違います! おねえちゃん、リョーヘイは“メリッサが拾った”って言いました!」


「何と言う事を! 御主人様はモノではありません事よ!」


 三人が喚く大騒ぎの中で窒息寸前の俺。

 でも、どうしてもローラの腕を振りほどく気になれず、そのまま崩れ落ちた。


 あのまま死んでも良かったかも……。



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