第45話 突入
「結構、でかいね」
町の境を示す低い石垣の見た俺の驚き顔がおかしいのか、リアムが少し笑って、でも優しく説明してくれた。
「はい、元は荘園の管理棟と農民の住まいしか無かったんですけど、戦争が始まる前あたりから交通の要所になりまして、それで人が集まる様になりました」
その言葉にローラとメリッサちゃんも続く。
「あたし達もその中の一部だったって、訳ね」
「初めてここに来た時のメリッサは、まだ赤ちゃんだったそうです」
石垣は低いと言っても、二メートル近いので、そのままじゃ中の様子は分からない。
門に近付き、そっと中を覗き込む。
入ってすぐに広場があって、大勢の人が集められている。
千人は行かないだろうけど、七百~八百人ぐらいは充分に居そうだ。
その周りを百人近い兵士が取り囲む。
「男爵家って、どれくらい兵力があるんだ?」
「あれで三分の一くらいは引っ張り出したんだと思います。
彼らが全滅しても、竜甲兵ひとりが手に入れば安い物ですから」
あの時、デブガキが悔しそうな目をしていた理由が分かった。
単にリアムが可愛いからって問題じゃない。
彼女は町ひとつを潰しても得られるかどうか、という存在だったからだ。
「カサンカ家には三人の竜甲兵がいます。自分で言うのも何ですけど、ワタクシその中でも最強でしたのよ」
そう言ってリアムは胸を張った。
一見すると小さな女の子が虚勢を張っているように見えて可愛らしいけど、その言葉は本物なんだろう。
「なるほどね」
と返して苦笑いになった。我ながらよくこの子に勝てたもんだと思う。
それから、もう二度とやりたくないな、とも思った。
ふと気付いて、リアムに問い掛ける。
「あのさ、他のふたりも女の子なの?」
「いいえ、ふたりとも男です。あと、あまり話をしたことはありません。
竜甲兵同士の接触は基本的に禁止ですから」
「そう」
その言葉を聞いて“ホッとした”けど、この時、何でホッとしたのかもう少し考えて置けば良かった。
いや結局、考えなかったから良かったんだろうか。
そう、俺は“いざとなったら次は殺す”って無意識に思い始めていたんだ。
男なら良いけど、女の子だと覚悟が鈍っちゃうから……。
これも後から思ったんだけど、レヴァはそれに気付いて居たんだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ソーニャ、見つかるんじゃないよ」
そう言っておばさんは、あたしのフードを引き下げる。
顔をススで汚して男の子みたいにしてあるけど、あたしが女だって気付かれたらどうされるか分からない。
でも、そのおばさんだって充分若いんだから、あたしを庇ってる場合じゃないよね。
「雰囲気からだけど、すぐに、どうこうされるって訳じゃ無い気がするの……」
側にいた薬屋のお姉さんの言葉に、おばさんが不思議そうに尋ねる。
「どうしてそう思うの?」
「こいつら、なんか変……」
「どういう意味?」
「だって普通の山賊なら、とっくに略奪に走ってると思う。
北の町から男爵軍が出て来るのに、そんなに時間は掛からないでしょ?
なら、取る物を取ってすぐに逃げ出すはずよ」
「あら、そうね。いくらあの男爵だって、町を守る義務はある筈だし……」
その時、急に山賊達が騒ぎ出した。
「クソ! 弓だ!」
「まさか、侯爵の軍じゃないだろうな?」
「馬鹿! そんならもっと雨みたいに降ってくる筈だろ」
「慌てるな!」
一番偉そうなひとりが、周りを落ち着かせてあたし達に背中を向けると、防御の姿勢に入って行く。
座り込んだあたし達からは何が起きているのかはよく分からない。
でも、確かにこう聞こえたの。
「デュアル・ワィアードだ!」って。
“二刀流?”
最初はなんの事だろうって、思ったけど、目の前の陣形が崩れた時、それが見えた。
金色の髪を流しつつ、一度にふたりの男を切り捨てたのは、あたしと同じくらいの年の綺麗な女の子。
でも、綺麗なのは顔立ちだけじゃない。
人を切るのが綺麗な動きに見える事もあるんだ、って不思議に思う。
彼女に見とれていると、今度は後方から凄い音がする。
死にはしなかった様だけど、山賊達が吹き飛んで一瞬で道が出来た。
「ソーニャ! 今よ! 逃げましょう!」
おばさんがそう言って、あたしの手をつかむ。
でも、薬屋のお姉さんはあたし達を押しとどめた。
「まって! なんかあっちはマズイ気がするの。
なんか、恐い……。こんな山賊なんか比べものにならないぐらいヤバイ空気が流れてくるわ」
言われてみて気付く。
さっきの一撃で、山賊は五~六人が一度に吹き飛んだ。
おまけに、その地面の火は消えないままに燃え上がってる。
普通じゃない。
町の入り口方向では、二刀の剣を振るう女の子が暴れ廻り、その子を守るようにどこからか矢まで飛んでくる。
山賊の放った矢が射落されてる。人間業じゃない。
二刀流の女の子だけじゃなく、とんでもない腕前の誰かも、何処かに潜んでるんだ。
そして、薬屋のお姉さんが一番怖がっていた後方。
炎の向こうからは、見たこともない妙なコートを羽織った少年が現れた。
右手に小さな炎を灯して、それを山賊に向ける。
途端、目が眩むような光が飛び出して、また地面が吹き飛んでいく。
吹き飛んだ地面に押されるように、山賊達は一箇所に固まっていった。
二人、ううん。
見えない誰かも含めても、たったの三名に百名近い男達が挟み撃ちにあっている。
奴らは、あたし達を人質に取る間もなかった。
あたし達が下手に動けば、全てのバランスが崩れていたただろう。
もしかして、誰かが引きずり出されて、胸元に直接剣を当てられていたのかもしれない。
彼女達の有無を言わさない動きが、それを防いだ。
不意に少女が動きを止める。
山賊達は息を呑んで、ジリジリと更に下がっていく。
それとは反対に少女は余裕の表情の侭、剣を胸元で交差させる様に構えると、奴らを見渡して静かに口を開いた。
「御主人様からの御言葉を伝えさせて頂きます」
誰もが息を呑む。あたしも同じだ。
こんなに強くて綺麗な少女を従える人物って、何者だろう。
考えてしまう中で彼女の言葉は続く。
「今度だけは見逃す。ですから、さっさと親玉の下にお帰りなさい。
でないと……、ワタクシ、もう手加減出来ません事よ」
ゾッとする言葉だ。
にっこりと笑った彼女の瞳は、誰かの為に剣を振るう喜びに満ちている。
少しでも敵対する者が居たなら、と思うと、助けられる側の私達ですら恐怖を感じてしまう。
敵ともなればどうだろうか?
そう。答は、すぐに出た。
目の前で厳つい顔を見せていた山賊達が全て消え去るのに、それから二分とは掛からなかった。
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