第33話 治癒魔法バンザイ! 


「あ~もう! あんた、本物の馬鹿なの??!!」


 俺の右腕を治療しながら、お姉ちゃんが叫ぶ。

 今回の闘いでレヴァの力を全力開放した結果、奴の力は僅かに増した。

 お陰で炎無しでも言葉が通じるようになってるんだけど、それもしだ。


 怒鳴り声の意味が分かると、そりゃもう、酷いことばっかり言われてるのが分かるんだもん。

 “馬鹿”なんて、まだマシな方で“ド阿呆”とか、“間抜け”とか、もう散々……。


 ねえ? 俺って、さ。

 ふたり、いや三人の女の子を助けたんだよね?

 なのに、さっきからずっと怒られっぱなし。酷くね? これ?


 しかし驚いた。

 どうやらお姉ちゃんは『治癒ちゆ魔法』というものが使えるらしい。

 手が痛いのはつらいが、柔らかいお姉ちゃんの手は、きつい言葉とは裏腹に、俺の腕を優しく扱ってくれる。

 彼女の手が俺の腕にかざされるたびに、少しずつ痛みが和らいで、添えられた左手の感触が伝わってくるのも嬉しい。


 内心の嬉しさを隠して神妙に治療を受けていると、心の平穏を乱す奴が現れた。

【欠片のひとつがあれば、治癒などお主自身でどうにでもなる。

 いや、怪我などという見苦しいザマになることさえ無かろうに……】


 今、良い所なんだから静かにしてろ、レヴァ!


【ほい、ほい。しばし引きこもるわ。昔のお主の様にな】


 テメェとは今度、じっくりとした話し合いが必要だな。って、消えやがった!


「クソッ!」

 思わず声が出る。

 お姉ちゃんがビックリした顔をして、俺を見た。

 結構、大声だったから、声を出した本人のはずの俺まで驚いてしまってた。


 あ~、やっちまった!

 お姉ちゃん、謝り始めちゃったよ。


「ご、ごめん。調子に乗り過ぎたわ。

 あんた、全然怒んないから。つい、お父さんと話す時みたいになっちゃって……」


「あ、いや! 今のは違う、って!」

 何とか誤魔化さなくっちゃ!


「あ~、つまりね。その~。あの程度の闘いで怪我した自分に腹が立った、というか。

 俺もまだまだだなぁ、って悔しくなったって言うか……」

 な~にが“あの程度”だよ。自分でハードル上げてどうする。

 パーか、俺は!


 そんな俺の内心を知るはずもないお姉ちゃんは、変わらず詫び続ける。

「そう。でも、あたしも言い過ぎた。

 せっかく助けてくれたのにね。こんな大怪我までしてさ。

 本当にごめんね……」

 お姉ちゃんは俯いたまま、俺の腕に自分の手の平を被せるようにして術を進めていった。


 確かに俺の右腕はボロボロだ。

 さっきから治癒魔法を繰り返してもらって痛みはだいぶやわらいだけど、まだ普通に動かせる状態じゃない。

 皮膚のただれ方も酷いもんだ。


 メリッサちゃんが俺の怪我をじっと見て、さっきから泣きっ放しなのも辛い。


「ごめんなさいなのです。メリッサが悪いのです」

「なんで? メリッサちゃんは何も悪くないよ」

「メリッサが獣人セリアンだから、いけないです。だから、リョーヘイが怪我したです」


 その言葉にビックリして思わず叫ぶ。


「そんな事言うなよ」、「そんな事言っちゃ駄目!」

 俺の声とお姉ちゃんの声が重なって、メリッサちゃんの泣き声は少し小さくなった。


「もう、仕方ないわね……」

 一旦は口をへの字に曲げたお姉ちゃんだが、少し照れた様に、もう一度俺の手を取った。

 それから、その腕をそっと胸に押し当てる。


 ええっ! 何これ!

 何! 御褒美ですかぁ~!


「ちょ、ちょっとぉ。変な顔して勘違いしないでよね!

 その……、これが一番、治癒効果が高いの、よ……、メリッサに泣き止んでもらわなくっちゃいけないんだし……」


「そ、そうなんだ……」


 思わず、もう一回ぐらいは怪我をしたくなる治療だ。

 腕の火傷が回復するごとに感触ははっきりしてくる。

 柔らけぇ~! 温ったけぇ~。 もう、ボヨンボヨンがスゲェよ!

 戦闘中に考えた願いが部分的に叶った!


 やっぱり人間、一度は(以下略


 こうしていると、腕全体が包み込まれるようになるんで、お姉ちゃんとの距離も凄く近い。

 睫毛長いなぁ~。瞳のブルーを見てると、まるで透明な湖を間近に覗き込んでいる気分になる。

 鼻筋がスッと通ってて綺麗だし、唇も程よい大きさで紅くって、つややか。

 あとなんだか良い匂いがする。

 女の子ってみんなこんな良い匂いがするんだろうか?


 それにしてもさ……。


 胸だけでも凄いのに、俺の手の甲が、その、彼女の股間に触れてるんだよね。

 指が引きつって、内側に曲がったままだから、まだいいんだけど。

 何気に、これもヤバイ。


「外側は、これで良いかな? じゃあ、向きを変えて今度は内側ね」


 あ、それマズイ!


 言う間もなく、お姉ちゃんは俺の腕の向きを変えてもう一度抱え込む。

 だが、“程よく”曲がりきった中指は言うことを聞いてはくれない。


「ひゃ!」

 目が合った俺は“違う!”と首を横に振るが、聞いてくれる顔じゃない。


 耳まで真っ赤になったお姉ちゃんの拳が顔面目掛けて飛んでくるのがスローで見える。

 気を失う直前、俺は心の中で叫んでいた!


『治癒魔法バンザイ!』と。




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