第32話 ピート・マックラガンからの依頼


 やっぱり、こいつ二メートルは軽くある。

 駆けつけた騎士のでかさに、今更ながらに俺はビビる。

 今、地面に倒れている竜甲兵なんてのより、こっちの方がよっぽどヤバイ気がした。

 でかいって言っても、この騎士、なんか『マッチョ』って言うより『豹』みたいな感じだ。

 クールってこうう人の事を言うのかな?


 そんな事を考える俺から視線を外さずに、騎士はやけに穏やかな口調で話しかけて来る。

「スマンが形だけ剣を抜かせてくれ。敵対する気は無いんだが、奴らの目もあるんでな」

 そう言って目線だけで後方を指す。


 確かに剣は抜いてるけど、この人からは攻撃の意志を感じない。

 まあ、達人は殺気を放たずに斬りつける事ができるそうだから、信じて良いモノか迷う。

 そのとたん、俺の考えを読んだみたいに騎士が言う。


「と言っても信じられんだろうから、こうする」


 そう言って剣の握る部分。

 つまりつかの部分だけど。そこを手の平に乗せて親指だけで支えて見せた。

 あとの四本の指は全部開いたままだ。


「これなら握った瞬間に分かるだろ?」

 そう言ってニヤリと笑った。なんかカッコいいぞ。

 この世界、以外とイケメン率高いじゃねーか。クソッ!


「ああ、納得した。で、何だい?」

 悔しいから、こっちもちょっとカッコつけて応えたんだけど、騎士は妙な事を言ってくる。


「見逃してもらえないか?」


「見逃す?」

 いきなり何言ってんのこの人?


「弟子殿なら、我々を皆殺しにするのも軽いだろうが、“見逃して欲しい”と言っている」


 呆けてしまって声も出ない俺を放置して、騎士はバロネット達の方へ顎をしゃくりながら話を続けていった。

「あそこに証人もいる上に、素行の悪いカサンカ家とリバーワイズ卿の弟子殿の言葉なら、誰でも弟子殿を支持するだろう。

 あの馬鹿息子が殺されたにしても領主の伯爵は地方代官を変えてしまうだけだ。

 挙げ句に、王宮には『失政により跡継ぎを失った』と届け出が送られ、男爵家は取り潰される。

 まあ、そんな結果かな?」

 言い終わると同時に、視線を俺に戻す。


 どう答えるか迷うと、レヴァが出て来る。

【こやつ、充分にお主を恐れておるよ。良い条件で話を受けろよ】


 俺も実は“もしかして”とは思ってたんだけど、やっぱりそうだったのか。

 あのリーダーさんもリバーワイズさんを評価はしても、その弟子が竜甲兵に勝てるとは思ってなかったみたいだからね。

 多分だけど、俺がやったことは、“もの凄い事”なんだと思う。

 強気にでて良いだろう。


 少し、ホッとする。

 メリッサちゃんとお姉ちゃんを守る事が出来そうだ。


「わかったよ。 とにかく彼女達は俺が預かってる。それで納得して引いてくれればいいんだ」


 その言葉に騎士は頷いて剣を鞘に収める。

 それから、またまた妙な事を言い出した。

「実は、厚かましくて申し訳無いんだが。もうひとつ頼みを聞いてくれないか?」


「何?」


「我々を見逃す条件の中に、彼女を引き取る事を入れて欲しい。

 このままでは、彼女はいつか殺されてしまうだろうからね」


「彼女?」


 彼女って誰だ?


「貴殿なら信頼できる。殺そうと思えば出来たのに、それだけの傷を受けても生かすことを選んでくれた」

 そう言って騎士は腰のポーチから小さな球を取り出して、それに向かって話し始めた。


「おい! リアム、無事か! 怪我は無いか?」

『・・・・・・』

 特に反応は無い。この人、何やってんだろ?

 まさかファンタジー世界のお約束。水晶球通信って奴かな? こりゃ凄い!


 俺の感心を放置して騎士は球に声を掛け続ける。

「リアム! おい、起きろ! そのままじゃ助け出せん!」

『……ピート……、ですか?』

 お、女の子の声だ! 

 竜甲兵これ、女の子だったのか! 

 うわっ! 殺さなくて良かった。マジで危なかった!


 俺が慌てているのに騎士は気付かない。

 女の子に呼び掛け続ける。

「そうだ! ピート・マックラガンだ。大丈夫か?」


『私は……、負けたんですね……』


「ああ、俺も信じられんが、事実だ」


『なら、処刑ですか』


「いや、そうしたくない。だから、竜甲を仰向けにして出てこい」


『よく、分かりません。が、今、出ます……』


 声が途切れると同時に片手と片足を失った竜甲兵が身体を起こす。

 と言っても、完全には起こしきれず、うつぶせだったものが仰向けに変わっただけだ。

 でも、それで充分だったようだ。


 ピートと呼ばれた大柄の騎士がホッと息を吐いた。

 見る内に竜甲兵の正面は胸元から腹にかけて、ドアのように開いていく。

 丁度、戦闘機コクピットのガラス部分が開いていく感じだ。


 ピートは開いた竜甲の腹を探ると、その中から小手に包まれた細い腕を引く。

 彼に引かれて、不気味な竜甲の内部から現れた少女。

 その姿を見た俺は息が止まるかと思った。


 琥珀を磨き上げた金色の髪、エメラルドのような緑色の瞳、バラのような小さな唇、陶器の様な透明の白さを持つ肌、頬に少し傷が付いて朱く染まっている事まで、逆に彼女の美しさを際だたせる。

 まるで妖精だった。


「こ、この子が戦奴・・?」


「ほう、流石はリバーワイズ卿の御弟子殿だ。

 契約内容まで一瞬で見分けられたか! これなら奴らの誤魔化しも効くまいな。

 益々ますます、ありがたい!」


 巨漢のピートは満足そうに頷くと、声をひそめて笑った。



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