第22話 交渉①
時間が止まった。
そりゃそうだ。
弓から放たれた矢は戻らない、というアラブのことわざがあるが、お姉ちゃんが放った矢は、俺に届く前に爆発するかのような炎に包まれて消えたのだ。
一瞬の出来事だった!
誰もがあっけにとられる。
一番早く、我に返ったのは俺だ。
止まった時から動き出すのは、DI○様だってこうは早く無いだろう。
慌てて台所まで転げ込むと、たいまつをかまどに投げ込む。
火を付ける意志がない事を示したかったのだ。
タペストリーの火が気になったが、そっちはメリッサちゃんが消してくれた。
やっぱり水か氷系統の魔法使いだった様だ。
尻餅をついたまま両手を上げる俺に向かって、お姉ちゃんは矢を向けようとしたが、用意した一本を弓につがえようとして戸惑っている。
さっきの炎を警戒しているのだろう。
そりゃ、警戒もするだろう。俺だって驚いたよ。
どうやら、俺の“死にたくない”という気持ちが、レヴァを動かした様だ。
一方のお姉ちゃんはと言えば、「あんた、何者!」と睨み付けてくる。
とにかく、誤解を解かなくっちゃならない。
「その話はともかく! 今は、あいつ等を追い返さなくっちゃならないだろ!」
そう言いながら、上げたままの右腕の手首から先だけを折って、窓を指す。
「どうしようって言うのよ?」
言葉が通じてるって事は、かまどの中でたいまつの火は生きている様だ。
助かった。
「まずは俺を信用してくれ!」
「出来ると思ってんの?!」
「分かる!! そりゃ、当然だ!
でも、さっきのタペストリーは事故だ。信じてくれ!
それに……」
「それに?」
お姉ちゃんが首を傾げる。
「言いたか無いけど、俺がその気になれば、あんた達をすぐにでも殺せる。
それをしない、って事で納得してくれないか」
嫌な言い方だ。
相手の弱みにつけ込んでる俺ってサイテーだ。
メリッサちゃんを“殺す”なんて嘘でも言いたくない。
でも、時間が無いんだよ。
少し迷っていたけど、結局、彼女は折れてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白旗を振って表に出ると、何故か奴らがざわめいた。
不思議な感じだが、いきなり攻撃してこないのはありがたい。
こっちだって無闇やたらに闘いたい訳じゃ無いんだ。
大体、レヴァの“ドゴーン!”は強烈すぎる。
あいつ等の偉そうな声は気に入らないが、俺だって殺し合いが出来るほど腹が据わってる訳じゃ無い。
取り敢えず、交渉のための材料はある。
丁寧に話し合えば何とかなる、と思いたい。
槍を持った兵隊が五人近付いてきた。
いきなり偉そうに顔を突き出して話し始める。
ものすごくチンピラ臭い。
「おい、テメエだれだ? テメエみたいなガキが自分で奴隷を持ってる訳がねえだろ」
「なんだ、そのたいまつは? 今は昼間だぜ。頭、大丈夫か?」
「
「矢が飛んできたって事は、多分デックアールヴもいるんだろ?」
下っ端達は思い思いに俺に話しかけるが、完全に舐めて掛かって来てるのが分かる。
奴らの声を聞いていたレヴァが、痺れを切らして怒りをはっきりと見せた。
【こやつらの首、全て落とすか?】
おい、止めてくれ!
慌ててレヴァを止める。
ふと、正面にいた四人が後ずさった。
レヴァの殺気を捕らえたのだろうか? こりゃ下っ端だからって甘く見ちゃマズイ。
そう、思ったんだけど、どうやら原因は俺だったようだ。
「なあ、あんま脅かすなよ、魔術師さん。俺らも仕事なんだ。お手柔らかに頼むぜ」
そう言って、いきなり下手に出て来る。
なんなの、こいつら?
悩んでいると、今まで黙っていた最後尾の男が前に出てきた。
なんか雰囲気が違うね。物語の主人公って感じのするイケメン。
レヴァ……、こいつだけ殺そうか?
【お主……】
冗談はともかく、彼がこの下っ端の中では一番上位に入るのだろう。
視線だけで周りを下がらせた。
う~む、やはりイケメンは何をしても絵になる。
などと思っていると妙な事を言ってきた。
「俺らが幾らアホでも、魔法防御で守られた家からわざわざ出てきて、挙げ句に目の色まで変えて見せりゃ分かる。
あんた、かなりの使い手なんだろ?
やっぱりリバーワイズ卿のお弟子さんかよ?」
へー、今、俺の目の色が変わったのか?
鏡が欲しい所だ。
あと、俺を見下さないところもポイント高いね。流石イケメン!
それはともかく、“リバーワイズ”ってのは、メリッサちゃんが「お父さん」と呼んでいる人だ。
しかも、“卿”なんて、呼ばれるって事は貴族なんだろうか?
でも、そんな人が何でこんな山の中にいるの?
お姉ちゃんも、そこまでは話してくれなかったからなぁ?
まあ、時間も無かったしね。
とにかく、ここからは演技に入るしかない。
嘘も方便。
そのお父さんが帰って来るまで時間を稼がなくっちゃならないんだから。
「あのさ、とにかく責任者と話をしたいんだけど?」
そう言った俺を取り囲むように、兵隊達は少しずつ前へと進んでいった。
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