第11話 狩り③


 風向きを考えて動かされ、ぐるりと遠回りする事になった。

 と言っても実際は洞窟から20分も歩かない場所だ。


 こんな近くにあの獣たちがいたのか、と怖くなる。

 今夜、眠るのが怖い。


【お主がいる洞穴は場所が良いからな。

 姿を見られなければ、臭いは下まで届かん】


 あ、そうなんだ。

 ホッとした。


【但し、音は遠くまで響く。そこを忘れるな】


 分かった。




 目的地に着くとすぐに岩場を登らされる。

 確かに両手を開けておかないと危険だ。 ナイフもしまって一生懸命昇った。


 岩陰の中ほどに伏せて獲物を待つ。

 20分、30分。

 段々と身体が痛くなってきた。


【お主がもう少し動ける奴なら、こっちから乗り込んで殺し放題なんだがな】


 馬鹿にされたのは腹が立つが、大して動けなくて良かった。

 好きで殺す訳じゃない。


【ほう、殺しは嫌いか?】


 当たり前だろ!


【つまらん奴だ……】


「まだ、舐めた事言うか!」


【じょ、冗談だ!】


「冗談に命賭けるのか、お前は?」


 静かになった。



 しかし、“殺しが好き”だって! ヤバイ奴を受け入れちゃったなぁ。

 こいつ、下手に身体から離さない方が良いだろうな。

 こいつが俺から出る事が出来たら、もしかすると、こっちが殺されるかも知れない。

 何かの切っ掛けで俺の身体がいらなくなったら、どうなるんだろうか?


 獣もそうだが、【炎】も同じくらい怖くなって来る。

 だが、今はこいつの力が必要だ。

 共存するしかない。



 獲物を待ちながら、また雑談になった。結局は暇なのだ。

「そう言えば、お前、名前は無いのか?」


【我にとって名前を教えると云う事は、全てを支配されると云う事だ」


「いや、名前なんか知らなくても押さえ込めるが?」


【糞! 分かった。しかし、正式な名は言えんぞ】


「なんで?」


【我にもプライドがある】


「わかった。言える範囲で良いよ」


【うむ、我のことは“レーヴァ”と呼べ】


「ニラと相性が良さそうだな」


【ニラ・レーヴァってか】


「【はっはっはっ!】」


【馬鹿にするな!】


「ちっ、気付かれたか! まあ、発音しづらいからレヴァで良いよな」


【それくらいの省略なら認めよう】


 ってか、この世界に“ニラレバ炒め”あるんか?

 悩む間もなくレーヴァ改め、レヴァが問い掛けてくる。


【ふん! そう云えば、お主の名も聞いてはいなかったな】


「亮平だよ」

 清らかであれ、公平であれ、と云う意味で兄貴が考えてくれたのだそうだ。

 小学2年生が考える名前じゃないよな。

 やっぱ、兄貴はすげーよ。

 因みに『亮』という字は「汚れ無き明るさ」という意味があるのだとか。


【なるほど、貴様の試練に相応しい名よな】


「どういう意味だよ?」

 俺の試練と言えば、人と仲良く、欠片を集める、それから・・・・・・

 まあ、最初の奴を指す意味か、と納得した。


 岩場に隠れてから一時間はたった頃、例の一角兎がやって来た。

「良かった。あの狼じゃ、どうも喰うのに抵抗があるよな」


【肉など、何でも同じだろうに】


「人間はそうは行かないんだよ」


【その様なものか?】


「その様なもの、なの!」


【では、行くぞ!】


「おう!」


 肉だ! 肉が食える!


【レヴァ】から指先に送られる力が溢れるのを感じる。

 業火一閃ごうかいっせん! 爆音一檄!


 全ては吹き飛んだ……。




「禁! 禁! き~ん!!!!」


【ぎゃ~あ! や、やめろ! 消えてしまう! 本当に消えてしまう~!】


「消えちまえ! お前なんか、消えっちまえ!!」


 この馬鹿! 何を考えてやがる。

 狩りってのは『獲物』を手に入れるためのものだ。


 肉片ひとつ残さず全部吹き飛ばしてどうすんだよ!


【つ、次は上手くやる! 本当だ!】


「本当だろうな?」


 くそがぁ! と思うが今は我慢だ。


「何で吹き飛ばすんだよ!」


【我が育つには、より大きな力を使うのが最も手早いのだ】


「お前の成長より、今は俺の生存なの!」


【うむ、分かった】



 あまりの轟音にほとんどの生き物が逃げ出したようだ。

 仕方なく場所を移動する羽目になり、結局更に二時間を使うことになった。


 ようやく、小さな兎を見つけると周りに仲間がいない事を確かめて程よい大きさの火炎を打ち込む。

 一発で首が落ちた。

 切り口が焼けて血が出なかったのはありがたい。


 流石に血はあまり見たくないからね。


 小さいと言っても四〇キロはありそうなものだったので、両足だけをナイフで切って持ち帰る。

 でも、これが辛かった。

 見ないで済んだと思った血を嫌って程に見せられた。

 おまけにレヴァの奴、その血を飲めっていう。


 無茶言うな!


【全ての命の源ぞ】


 レヴァは栄養があると言いたいんだろうけど、流石に無理!

 臭いだけで吐きそうだ。


 まあ【腹を開いて内臓を取り出せ】って言われないだけマシだと思う事にする。

 足の脂の匂いだけでもきつい。


 沢に着くと身体を洗って、水たまりに炎を投げ込むとお湯になった。

 兎の足を投げ込んで、しばらくすると取り上げる。

 こうすると脂が柔らかくなりナイフで皮が剥ぎやすいのだとレヴァが教えてくれた。

 本当にズルリと皮が剥がれたのには驚いた。


【次から、それは一人でやれよ】

 そう言ってレヴァは消えてしまった。


 木をナイフで削って櫛にして、それに肉を刺す。

 そうやってあぶりながら焼いていく。 脂が垂れると焚き火がジュッと鳴って一瞬大きくなる。

 焼きすぎないように気を付けなくっちゃ。

 それにしても脂が焼ける匂いって良いね。

 う~ん。早く食べたい。 けど生肉を食べて食あたり、ってのも怖い。


 やっぱり、少し焦げるくらいには焼いた。


 肉を食べるのは何日ぶりだろうか。

 美味い! 何だか涙が出て来る。

 塩があれば良いのに、なんて思ったけど無いものは仕方ない。


 肉を食えるだけでも大きな進歩だ。

 味わって食べた。

 半分は残して、後に取って置く。


 こんな風に色々と考えながら食べるのは生まれて初めてだ。

 生きるって、大変だ。

 一人ならとっくに死んでただろうね。


 あの“声の天使”に沢山、それから【レヴァ】に少しだけ感謝して、後は泥のように眠り込んでいった。



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