第8話 洞窟の奥②


 洞窟の奥に死体がある、と思うと余計に眠れなくなった。

 全く馬鹿な事をしたと思う。

 奥の方が気になって落ち着かない。

 それでもハーフコートのフードをすっぽりと被ってガタガタと震えている内に、いつの間にか眠ってしまった。



 目がめると空腹は余計に酷くなっている。

 沢に降りて水を飲む。


 いつもはここまで来るのも怖かった。

 安心して水を飲んだのは初めてかも知れない。

 あのイメージの【炎】は何だかヤバイ奴だと思うけど、力は確かだ。

 最低限、身を守る事は出来る。


 だから安心して木の実を捜す。

 いつもは怖くて林から森へは踏み込めなかったけど、今日は少しだけ奥に進んだ。

 最初は何だかよく分からなかったけど、オレンジ色の小さな木の実を見つける。

「あっ! これ、ビワだ!」

 嬉しくなった。 小さいけど数は多い。

 コートのポケットにたっぷりと詰め込む。


 それから、洞窟に戻った。


 ビワを食べて少しだけど空腹が紛れた。

 でも、こんなんじゃ持たないよな。

 今日こそ兎を狩らなくっちゃならない。


 獲物を殺す方法に【炎】を使うとしても、皮をどうやって剥ごうか?

 それに肉を焼くにしたって網もフライパンもない。

 どうすれば良いんだろう?


 う~ん。

 悩んでいる内に“動物を殺す”というところから、“あれ”を思い出す。

 そっと後を見てみる。

 そう、洞窟の奥だ。


 考えてみれば、俺も一度は死んだんだ。

 あそこで死んでいる人は、どんな人だったんだろう?


 もしかして、ここは無人島かなんかなんだろうか?

 漂着してそのまま死んでしまった、とか?

 いや、あの荒野は地平線が見えるほどで、遠くには山まで見えた。

 こんな無人島は無いだろう。


 と、なると山での遭難かな?


 う~ん、でもここ丘だよな?


 ああ、もう、あんなの忘れよう。

 気が滅入る。

 何だか、自分がああなっちまうみたいで怖いんだよ。


 ……自分が?


 そう、そうだ!

 俺は死んでどうなった!

 誰にも悲しんでもらえず、誰にも気に掛けてもらえなかった。

 それで、永遠に煉獄れんごくに閉じ込められるところだった。


 あの人、どうなるんだ!



 もう、他人事ひとごとじゃない気がした。

 慌ててたいまつを作ると、俺は洞窟へと入っていった。



 死体は座った姿勢で息を引き取ったようだ。

 服装から見て、男だと思う。

 足にバンダナが巻かれていて、どす黒く染まっていた。


 さわってみたらガチガチだ。

 多分、“血”が固まったんだろう。

 あの狼か兎に襲われて、それで足を怪我して、ここまで逃げ込んだ。

 だけど、結局は力が尽きて死んでしまった。


 怖い……。


 俺もこうなるかも知れない。


 でも、今はそんな事を考えている場合じゃない、と思い直す。

 この人は今、煉獄れんごくで苦しんでいるのかも知れない。

 たった一人で死んで、その上、死んだ後も一人っきりかも知れない。


 そんなのは酷すぎる。


 そっと手を合わせる。

 どうか、どうか安らかに眠って下さい。

 お願いします。

 天国に行けますように……。


 こんなに祈ったのはいつ以来だろう。

 本当に真面目に、一生懸命祈ったと思う。


 ふと、閉じたままの目の前が明るくなった気がした。

 目を開くと、死体の頭上に光が見える。

 あまり大きくないけど、何か柔らかく感じる、ずいぶん優しい光だった。


 俺は口を開けたまま、それを見ていた。

 光は天井へと上がっていく。

 ここ、結構高さがあったんだ、なんて思いながら光が昇っていくのを見送った。


 光は段々と小さくなって、最後にふっと消えていく。

 でも、光が消える直前、俺には確かに声が聞こえた。


『ありがとう』


 いつの間にだろうか、俺は泣いていた。


 自分のためにじゃない涙はいつ以来だろう。

 嬉しくて泣いたのはいつ以来だろう。


 そんなことばっかり考えていた。




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