第2話 いらない子①

 ある朝、目が醒めたら家族が全員消えていた。


 いやね、嫌われてるのは分かってたけど、これは無いんじゃないの?

 もうやんなっちゃって、意味も無しにわめき散らしながら表に飛び出した。


 自分でも訳わかんない言葉を叫びながら、目一杯走ったと思う。

 で、ガードレールを飛び越えそこねて足を引っかけると、四メートルぐらい下の川まで顔から一気に落ちた。

 水深八センチだった。




 闇の中に薄い小さな光が見える。

 目を開いていたのはいつからなのか覚えていない。

 そこは只、真っ白な場所だ。

 自分が何処にいるのかよく分からない。


 病院かな?

 ああ、精神病院か。

 でも誰が知らせてくれたんだろう?

 あのまま死んじゃっても良かったのに……


『ええ、あなた死にましたよ』

 いきなりの声。驚いて周りを見渡す。誰もいない。


 声はどこから聞こえるのかと、またも辺りを見渡す。


 そうしてようやく気付いたんだが、この部屋は何か変だ。


 まず窓がひとつもない。

 まあ、精神病院ならそれもあるかも知れないけど、でも、ドアもないってどういう事?

 あと天井が見えない。


 いや、壁さえどこにあるのかさっぱり分からない。

 無限に白い空間が続くだけ。

 完全な空白に心だけ置き去りにされた。そんな感じ。


 ライトらしいものが設置されたり、壁に掛けられたりしている訳じゃない。

 けど、それでもここは随分と明るい。


 声がまた聞こえた。

『あなた、確かに死にましたよ』


「誰?」

 気味が悪いけど問い掛けてみる。そしたら予想外の言葉が返ってきた。


『聞こえません』

 声の主の言葉を聞いて、少し寒気を感じる。


『聞こえない』

 いつも耳にした言葉だ。

 俺が何を言っても、誰もが同じ言葉を返す。

 あいつ等など、それが日常の会話だった。


“あ? お前、何言ってんの?”

“ボソボソ、ボソボソ、気味悪りぃ~な!”

“何? お前、オタク?”

“なんか喋れよ! ダンゴムシか、お前は!”


 別に、あいつらなんか怖く無かった。

 無駄なケンカにならない様に、考えて静かに喋ってただけだ。


 怒りと憎しみの感情が渦を巻く。

 身体が熱くなって、ちょっと涙が出そうになる。

 あ、ちょっとだけな。


『あなた、嘘つきですね!』


 声は力強く、厳しい。

 心臓がビクッと跳ね上がった様に感じる。

 バクバクとした音がはっきり聞こえる様だ。


 汗を掻いているのだろうか、呼吸が苦……、いや、呼吸は普通にできる。

 何故だろう。

 いつもなら、ここで苦しくなる筈なのに。


『そりゃ、死んでますからね。あなたに呼吸は関係ない。

 いや、生きている時だって、あなた、初めのうちは別に呼吸困難など起こしてはいなかった。

 その場から逃げたい為に発作を起こす振りをしていたら、それが本当の病気になっただけです。

 望んでなった病気なんですから、喜ぶべきでしょうに。

 自分は身体が弱いという事を言い訳にして、病を治そうとする全ての努力からも逃げまくった程ですからね。

 ホント、死んで良かったですね』


 何だ! 姿は見えないのに、ものすっごく良い笑顔で語りかけられた気がする。

 それに何故こいつは俺の心の中を読めるんだ。

 ちょっと怖いぞ!

 心を読まれている事が怖いんじゃない。


 どうにも、さっきからのこいつの言葉は俺をえぐる。

 もう、喋るな!

 あれを言うな!

 あれを言われたら……


 だが、そいつはついに“それ”を言ったんだ。

『あなたが死んで、あなたと同じに、いやそれ以上にみんな喜んで・・・・・・ますよ』


 ぐはぁ!

 精神的に血を吐いた気がする。


 言いやがったよ、こいつ! まったく血も涙もねぇ。

 こいつはきっと悪魔に違いねぇ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る