第3話 紅葉

 先週二人で建てた推論。



 龍脈上で、思念の強い逢禍を退治させ、禍々しい残滓を龍脈に残す。


 浄化作用が効ききる前に夏月大社のすぐ側で逢禍を発生させ、夏月大社正面を無理矢理こじ開け、続いてる龍脈から残滓を流し夏月大社を汚す。


 恐らくは六花の守りが鉄壁すぎて一気に決めきれないから、じわじわと障壁を弱らせる作戦。

 やることがセコい。


 あと土日にばかり周辺の逢禍が出てるのは…敵は公務員か何かか?

 どちらにしても土日はウチが六花と一緒に居てるから、心配が少し減る。





 前回推論を立ててから暫く空き、また土曜日がやってきた。


 きっとこの土日が正念場だ。

 考えろるんだ!


 なお今週末に出なかったら公務員説はなかったものとする。



 万全の体制を整える為にドーナツ、栄養ドリンク、LEDライト等いつもより多めの装備だ。

 敵の行動予測も8パターンまで絞り込んでるがそれ以上は絞るのが難しい。

 これが終われば六花も少しゆっくり出来るはず。

 頑張る!あんな悲しい顔の六花は見たくない!



 風呂に入り支度をしてのんびりと歩いてオアシカに着いたがまだ早かったか。

 意外とお客さんがいてた。


 仕方ないのでお客のフリをして六花の部屋に向かう。

 途中小町に気づかれて、手をひらひら振られた。

 最早その察知能力こわいよっ。


 staff onlyのドアを開け、施錠し隠し扉から階段で下に降りる。

 六花の部屋に入ると、珍しく六花が精神統一をしていた。



 足を結跏趺坐けっかふざにし、ウチが入ってきたのにも気付いてない。

 六花も本気なのだろう。

 ただ、ハチミツ大好きな黄色いクマのつなぎは精神統一と激しく合わない!

 パジャマ…今度六花のまともなパジャマ買いにいくか。


 少しごそごそして六花の隣にゲームの時に座っている『人を台無しにするソファ』を持っていって座る。

 六花の集中力は凄い。

 精神統一が終わるのが早いか、ウチが眠気に負けるのが早いか……




 …はっ!寝てないぞ!起きてたぞ!


 気がつくと六花は精神統一を終えていた様で、ウチの太ももの上に顔を乗せて寝息をかいていた。

 幸せそうな寝息だな。

 まぁ、ご飯まではいいか。


『♫サラサラサラ…』


 水の音?


「六花ー小町呼んでるぞー!」


「ひゃい…今、顔が天国でした…」


「それは良かったが、ブザーから変な音出たが変えたのか?」


「あ、はい!なんちゃら姫っていう水の音が流れる奴…」


「トイレに付ける奴――!!!次ウチが来るまでに交換!」


「ひゃい!」


 六花はツッコミ所が多すぎて飽きない。




 小町が呼んでるという事はご飯タイムだ。


「こまこまおつー!」


「小町、お疲れ様!」 


「今日は忙しかったわー!外国人団体客結構来たし…まぁ儲かるからいいんだけどね!」


「小町は…固定給なのか?時給?」


「ん?固定給+歩合よー!売ったら売っただけ儲かるから頑張る甲斐あるよね!」

 横で時給の人が死んだ目してるからこの話題はやめておこう。


「月巴ちゃんもバイト出来る様になったらおいで!小町様の料理教室付きだぞー!♪」


「絶対にここでバイトする。六花の浄化作用上げたりするご飯とかもあるのか?」


「あるある!月巴ちゃんが六花のご飯作れるまで面倒みるぞー!」



 もはや就職もここでいいんじゃないかと思い始めた。


「さて、六花が月巴ちゃん御飯で妄想にやにやタイムだから、こちらもご飯タイムにしますか!何にする?」


 正直小町が何でも作って出してくるから、いざ聞かれると選択肢広すぎてマジで困る。


「この土日が勝負かもだから…消化によくてエネルギーになるもの?」


「おけおけ、ちょっとまってねー!」


 五分ちょいで小町の料理が出てくる。

 相変わらずの手際だ…


「鶏肉とブロッコリーのアーリオオーリオペペロンチーノお待たせ!」


「いただきまーす!」


「ますますー!」


 美味い!マジ美味い!

昼の料理番組並みの速さでこれ作ってくれたら人類の大半の男が胃袋掴まれるぞっ。





 小町に礼を言って、ウチと六花は腹ごなしにパトロールする事にした。

 と言っても、香福寺の周辺だからすぐ側なんだが。


 ガサ…


 一瞬吃驚したが鹿だった…

 夜の鹿は遠征するからなぁ…

 六花は集中してるのか鹿に気付いてない様子だ。

 寧ろ鹿が六花の黄色いクマパジャマで滅茶苦茶警戒しそうだ。

 あとはガラの悪そうな兄ちゃんと鹿とカップルしかいない…


 暫くあたりを警戒してみる。


「六花、一旦戻るか?」


「…そうですね、時間空けて再び見回りましょう。」


 ガサ…


 いちいち吃驚するから!脅かすな鹿!

 鹿…脳がデジャヴる。


「六花、ここ着いて何分経った?」


「恐らく五分…」


「六花、向こうのガラの悪い男をずっと見張って異常があったら知らせてくれ。ウチはこっちを見張る。」


 六花も何かを感じていたのだろう。

 素直に見張りを開始した。




 約5分後


「!」


 六花の方もそうだった様だ。


「六花、この一帯…見えるものがループしている!」


「恐らく結界の類!状況は水面下で既に進んでます!結界で上書きします!」


 一瞬で武装状態になった六花がキキンッ!と多重結界の音色を鳴らす。

 結界が広がり、謎のループの空間を上書きすると…


 特撮に出てくる様な怪獣の大きさの逢禍!

 想定の範囲内だったがサイズが想定外すぎた!



 どうやって作った!?

 どれだけ命を弄ぶ!!!



 少し怒りが湧いた瞬間、逢禍の左手が五重塔の上部分をなぎ払い、デカい破片がこっちに飛んでくる。

 六花が神速でウチの前に立ち塞がり、五重塔の破片を縦斬りにしてくれた。

 破片が二人の左右をすり抜けていく。


「月巴さん、大丈夫…」


 破片が飛んできてウチに命中し、頭から出血してるっぽい。

 右腕も破片が当たったが折れてはいない。

 寧ろこのレベルで済んだのは六花のお陰だ。



「六花、ウチは良いから行け!もっとやべー事になるぞ!」


 泣きそうな顔で頷いた六花はウチの前に膝を付き、自分の首から首飾りを外してかけてくれた。

 シンプルな紐に鍵みたいなのが付いている。


「この鍵の護り、月巴さんを守ってくれるから持ってて下さい!」



 そういうと神速で逢禍の上半身まで飛び上がった。


「咲き誇れ!寒梅!」


 六花の技で逢禍の左肩口が斬られて垂れ下がる…と思ったら瞬間再生した!

 中ノ原の逢禍と同じ再生能力!


「内に咲け!徒花!!」


 再度左肩に攻撃!今度は腕を後ろの木々もろとも切り落とした!

 技の効果で左肩は再生しなかった。

 だが五重塔とほぼ同サイズの逢禍だ、早く倒さなくては夏月大社が危ない!


 右腕で五重塔の下側をえぐり、またこちらに飛ばしてきた。

 だが五重塔の瓦礫は目前で崩壊する!



 そうか、鍵の首飾りの護りか!


 一瞬六花の視線がこちらに移った瞬間、逢禍の右手がゴムの様に伸びて六花を掴み、締め上げる!


「ぅううあぁぁぁああああああああああ!」


 六花が攻撃を食らった!?

 何でだ!?


 …そうか、この鍵の護りがないから…


 自分の防御を捨ててまでウチを守ってくれた…

 御神刀が掴んだ手の内側から突き出ているも腕にはさほど効いてない。

 六花の悲鳴が周囲に響く。




 六花が死ぬ

 ウチ一人護られて、六花が死ぬ

 嫌だ

 嫌だ!!!

 判断しろ!

 決断しろ!

 覚悟決めろ!

 ウチから六花を奪うな!

 出血も痛みも、命もどうでもいい!




 両手を…胸元で交差させる。



「返せ!…それは、その女はウチのだ!触るな!!」



 青白い、細かい亀甲の形の光る薄い結晶が発生し、集結する。


「神武!八咫烏やたがらす!」


 手を伸ばすと光る結晶が鳥の様に、尋常ならざる速度で六花を掴む右腕を切り落とし、尚且つ細断した。


 一瞬の事だったが、細切れになった逢禍の残滓が落ちなかったのが見えた。


 龍脈に落ちなかったのか?


 右手から開放された六花が瞬時に高く逢禍の頭上まで飛び上がる!


 だが逢禍が口から赤く光る塊を六花に吐き出そうとしている!

 病院の時のあれか!


「眺望を見せよ!花鳥風月!」


 先程展開した結晶を飛び上がる六花の前に展開した。

 赤い爆発が防御壁と逢禍の顔の前で起こるが、六花は傷ついてない!

 よし!防ぎきった!


「ぉぉおおおおおっ華技!花神!!!」


 縦切りかと思っていたが、駒の様に高速で猛回転し、あの巨体を斜めに削いでいく!

 着地している頃には逢禍が崩れ、残滓となって地面に吸い込まれた。



 六花が痛みを堪えながらも凄い速度で駆けてきた。

 出血で意識朦朧として倒れそうになったのを六花が受け止めてくれた。

 というか、もはやハグだった。


「六花、怪我…」


「月巴の方が血がいっぱい出てるじゃないですか!」


「あー、神衣汚れてるぞー」


「そんなのどうだっていいです!!!月巴が怪我した方が心配…」


「ごめん。足手まといになったな。以前から少し話はしていたが、家の家業は秘密裏の要人警護で…その為に高度な攻防結界を使える家系、そのはずだった」


 六花はハグしたまま黙って聞いている。

「ウチの周囲には時空の歪が纏っているとかでウチは自分自身に何故か防御や結界を貼れない。攻撃は出来ても防御出来なきゃ死ぬ。だから継承から除外された。ウチが防御出来れば、六花が傷つく事なんかなかった」

 悔しい。

 悔しさしか残らない。


「でも、助けてくれましたよ!初めに多重結界に入れた事は…きっと何かを成す為だったんです!」


「六花が死ぬ位なら…もう死んでもいいやって」


「そんなの許さないです!」



 家業のコンプレックス。

 ずっと抱いてた後ろめたさ。

 六花が受け止めてくれた。


「絶対…許さないです…」


 すまない、神衣がきっと血と涙でめっちゃ汚れてるだろうに。


「自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる…ゲーテの言葉に感謝だな」


「帰って手当しましょ?神衣の効果で二人とも少しだけ傷が癒えてるはずですよ?」


「有難う、帰ってトマトジュース飲んで血を補うか」





『我を この地より 開放 せよ』





 六花とウチが向いた方向、崩壊した五重塔前にそれは立っていた。

 黒い服のやけに色白な男。


「誰だ!」


 六花が叫ぶも…


『何者でもありません。特に名前もないです。今日世界が滅ぶのに必要なものなどありません。貴女は先日のハムスター女』


「違いますぅー今日は黄色いクマさんですぅー!」


 怒るポイントが盛大に違うが今は意識飛びそうでツッコミ出来ない。

 六花が石階段の横にウチを座らせて、男の方に向いた。


『あ、仕事は既に終わっています。あなたが切った小さな社と、この近辺で私が作った逢禍、そして今しがた切り刻まれた特大逢禍。これだけの数の逢禍の残滓を龍脈に乗せれば、初の鳥居から簡単に穴が空き、中を汚染していく。まるで自然保護の意志のない工場が汚染物質を河川に垂れ流す様にね』


「そこまでして世界を壊したい意味は何?」



『平行世界の原初たるこの世界が終われば…連なる平行世界全てが連鎖崩壊する。見たいのですよ、その先を』



 今さらっと世界の真実を語ったが、六花も否定しないのはなんだろう。


『神はいるのか?不在なのか?全てが消え去った後、続きがあるのか?またはこの世界が高次元生命体から観測されているのか?それとも無が広がっているのか?興味が尽きない。だから興味本位で壊す』


 単なるエゴで世界壊すとか幼稚か?


『ちなみに私、他の世界の私と意思を共有する力を有してましてね。全ての平行世界の私が同じ行動を取ってます。止めるのは不可能』


 抑揚のない話し方がさらに腹立つ!


『そろそろ鳥居の障壁に禍々しい汚れが到達し穢している頃』


 六花が刀を抜こうとした瞬間、男が目を細める。 



『何故、初の鳥居が穢されてない…』


 男が饒舌に喋ってる間にウチは階段から見えない様に龍脈に沿って結晶を流しておいた。

 さっき逢禍の腕を切った時気付いたんだ。

 ウチの結晶は残滓を残さない。

 今、全力で小さい結晶で残滓を切っている。


 絶対に守る!



『ここといくつかは失敗か。だが概ねは成功だ。殆どの世界の崩壊は止められぬ。一度に数多の世界が同時に崩壊する瞬間が訪れる。もはや干渉すら出来まい。計画は概ね成功しつつある。何かの片鱗は見物出来るだろう』

 他の世界、平行世界が失くなったらどうなるんだ?




「己だけが繋がる力があると思うな…初まりの世界の巫覡の力…目に焼き付けろ!」


 キンッ!


 刀を収めた。えっ?


 そのまま、神器を次元の間に還した。


 六花は素手の状態で、下から腕を上げ、指を二本相手に向けて叫んだ。



「バレット!!!」



 瞬間!


 六花の長い髪がショートヘアになった!


 手には強そうなリボルバー、タバコも加えてる!


 えっ、てウチが驚く前にダンッ!ダンッ!と男の両足を撃ち抜く。

 男が膝から崩れ落ちる。


「…講釈がなげぇんだよ」


 動けないのを確認してから六花?が声をかけてきた。


「月巴ちゃーん!鍵持ってるよな?コイツに向けてひねってくんね?」


 ガラ悪っ!


 脳が追いつかない事だらけだが、結界操作で動けないしそれ位なら…

 膝をついている男に鍵を向ける。


 ガチッ。え、なんか空中で手応えが…

 ガチッ。ひねるとまた手応え。


 その刹那!


 バン!バン!バン!バン!バン!…


 男の前後に扉が。

 開いた扉の先にも男が…

 扉と男が無限に続いている。


 男は動けないからなのか、平行世界を繋ぐ技を見たからなのか?

 震えているように見えた。

 六花はニヤッと笑い、眉間に銃を突きつけた。



「残念だったなぁオイ、過信は常に死とダンスしてんだよ」


『……』


「次は、アタイ達が立ち塞がらない世界に生まれてきな」


『…そうするとしよう』



 ドォン!!!



 銃弾が全ての男の眉間を真っすぐに貫いていく。


 小町の部屋に行く前にグロイの見ちゃったよ!


「月巴ちゃーん!戸締まり戸締まり!」


 えっ!?


 見様見真似でやってみた。


 手応えと共に扉が閉まり、そして消えた。

 静かになった。


 龍脈に乗った残滓も何とか駆除出来て、失血もあってぐったりとその場に座る。

 流石にここまでGは来るまい!



 六花が銃のリボルバーを腕で擦ってギャリギャリギャリ!っと音を鳴らすと多重結界が消えた。

 五重塔も復活して一先ず安心。


 ただ、死んだあの男の死体はなかった。


 良く見ると服は革ジャンにホットパンツ、拍車の着いたブーツを履いていて煙草の煙を上にふーっ!と吐き、ゆっくりと歩み寄りウチの横に座った。



「…六花…なのか?誰だ?」



 警戒心丸出しのウチを見てケラケラ笑う。


「初対面の反応が可愛いなー!悪い悪い!」


 タバコを携帯灰皿に捨てる六花。

 ポイ捨てしないのはイメージと違って偉い!


「はじめましてー、初瀬川六花はせがわろっかだ。ただし、平行世界の、銃社会の、神器が銃の、な」


 平行世界!さっきの男も言ってたな。


「さっきの奴、平行世界の自分と意思を繋げてるって言ってたよな?六花もそうなんだよ。たまにいるんだよ、そういう異能を持っている奴」


 平行世界…まだピンと来ないが、目の前に実例いるからなぁ…


「で、六花の名前の通り平行世界から6人、契約して呼び変われる。意思も共有出来る。殆ど六花一人で事足りるし、遠距離戦もオレがいるから他4人はまだ契約してないみたいだけどな」


 こんなのがあと4人湧く可能性!


「さて、六花がうるせーから変わるわ!あいつバカだし面倒だけど、宜しく頼むな!」


 二カッと笑った瞬間頬にちゅーされた!

 ヤニ臭い!


 そのタイミングで黄色いクマ六花に戻るが、頭を掴まれた!

 嫌な予感!

 両手で六花の顔を素早く抑える。


「むむむ…上書きしますー…私もしたこと無いのにー!」


「怪我してんだから頭掴むな!六花も怪我してんだろ!?」


「よその女に推しの初チュー奪われるとか不覚…もう上書きして痕跡を残しません!」


「よその女ってあれも六花だろー!!!」


 結局された。

 しょうがないなー。





 この後、小町に連れられて二人とも病院送り。


 ウチは大事を取って検査入院する事になった。家族の付き添いと称して駄々こねたクマは病室に連れて行かれた。骨折れてるんだから寝てろクマ。



 今日は本当に疲れた。


 どでかい逢禍、謎の男、平行世界、自分のコンプレックスの話、そして2人目の六花。

 逢禍2体で情報量多いって言ってた頃が懐かしい。


 その日はすぐに眠りにつけた。


 白い鹿の夢を見た気がする。

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