〈第二章〉Side:姫川京子 a Girl Ⅱ

わたしは、「本館」を通り抜けると、右に曲がり図書館へと向かう。


この前来たときよりもキャンパス内の[白]が、濃くなっているように思えた。


圧倒的な白の連なり。

それらは、人の成れの果て。


自らの最後を母校で終えようと考える学生や卒業生がいるのかもしれない。


わたしには、その行為に何の意味があるのかわからないけど・・・。


図書館の入退場ゲートは、とっくに壊れ、白い結晶に半ば埋もれるようになっていた。


だから、いつもそのまま乗り越えて行く。


大学に入学してしばらくの間は、よくこのゲートに引っかかった。


慣れていないということもあったけど、わたしにとってはゲートを通過するためのタイミングがよくつかめなかったのだ。


手動で図書館の入り口を開けると、わたしは、吹き抜けの階段で地下に向かった。


図書館の地下一階は、人文科学・社会科学系の専門書籍が開架式で蔵書されている。


わたしは、社会学部に所属していたので、レポートを書く前には、必ずと言ってよいほど、この地下に通っていた。



誰か・・・いる?



わたしは、階段を降りる途中で身構えた。


地下一階のどこかに人がいる気配がしたのだ。


ただ、すぐに目につくところには人の姿はない。


わたしは、恐る恐る階段を降り切ると、周囲を慎重に観察した。


確かに人の気配はするけど、具体的な場所はわからなかった。



隠れたの・・・?



静かに終わりゆく「世界」のなかでも、正体不明の存在が同じ空間にいることに不安を覚える。


まだ生きているからこその不安・・・それは、生への実感だろう。


わたしは、その不安を振り切ると目当ての本がある書架へ向かった。


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【著者】香城直人

『多文化社会論』(中央文化社)

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この本は、著者の博士論文を加筆修正して出版したもので、多文化社会が持つ負の側面について論じたものだ。


一文を抜き出してみる。


「多文化社会というのは、決して“理想郷”のようなものではない。むしろ、自己と他者を峻別する為に、絶え間ない“言語化”が強いられる厳しい社会である。そこにはエスノセントリズム(ethnocentrism)が入り込む余地がない。全ての価値観が相対化され、互いに肯定も否定も許されない構造となる」


香城は、在野の社会学者であり、特定の大学や研究機関に属していなかった。


著書は、この『多文化社会論』をはじめ単著論文を含めて多くあるが、決してベストセラーになるような分野ものはなかった。


それでも香城の名は、多くの人間に知られていた。



「予言者コウジョウ」



香城は、この白く結晶化する奇病の蔓延を最初に予言した人間として全世界的に知られていた。


彼は、自らのブログで、この“終わり”を詳細に予言していた。


その予言に多くの人間が気づいたのは、ある芸能人が自分のSNSで香城のブログをシェアしたからだ。


この芸能人は、おもしろいことを言っているヤツがいる、といった軽いノリでシェアしたのだが、香城の予言どおりに世界が白く染まっていくにつれ、その”嘲笑”は”畏怖”へと変貌した。


もっとも、香城への畏怖の念が高まり、彼に注目が集まったときには、その所在は不明となっていた。


生きているのか。


それとも、白い結晶と成り果てたのか。


現在に至るまで不明のままだった。

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