第59話

 前の方からカップルが、

 なんとなく見た。

風がやむ。

 呼吸がとまる。

 時間も止まる。

 見てることしかできなかった。

 片方は見覚えがある。

 その人は隣の誰かと楽しそうに笑いあい。

 すれ違っても、ずっと遠くにいる感じ。

 胸がこう、真っ白くなったというか、抜け殻となる。

 あの人だった。

 ああ、あの人だ。

 もう、戻ってこない人。

 あの日にお別れをした人。

 たたずんで見ていた。

 私を一人にした人。

好きな人。

 私の手を離した人。

 大好きな人。

 私に孤独を与えた人。

 愛した人。

 私をぬくもりで包んでいた人。

 今でも愛してる人。

 もう好きじゃないと自分に嘘をついても、

 やっぱりそれは

 嘘でしかない。

 どうして、私はあの人の隣にいないんだろう。

 なんで、あの人の目には私が映っていないんだろう。

 叫びたかった。

 なにを叫んだらいい、

 ただ、なにか叫びたかった。

 けれど、

 幸せそうなあの人を見れてよかった。

 帰ろう。

 志乃はコートのポケットに手を入れた。


「かずき! 綺麗だね!」

「そうだな」

 次の日、街は冬の吐息をはいていた。

 桜の花に白い雪。春の雪化粧であった。

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