第58話

「少し、肌寒いかしら」

 家をでてなんとなく街を見て回ろう、そう思った。

 桜の花の咲き始め。

 トレンチコートの色はベージュ、にヒールの靴。ポケットにお氣にいりのハンカチを入れておく。

「へくしょい!」

 歩道を歩くおじさんのくしゃみ。

 花粉が飛んでいるようだ。

 幸い志乃は花粉症じゃなかった。

 ちらほらと花が咲き、春になったと実感が湧く。

「あれは」

 通りの歩道に立っている木の根元あたり、銀色に光った物が落ちていた。

 丸い円と木の柄。ピザカッターだ。

「どうして、こんな所に落ちているのかしら」

 そんなどうでもいい発見を楽しみながら、歩き疲れた志乃はよく行くカフェに寄ることにした。

 紅茶を頼んだ。

 パーテーションで仕切られたボックスの席、あわい色合いの店内、カウンター、の向こうにいる店主は女性だ。

 紅茶のポットがきて、三分。

 一緒に砂の時計が置かれ、時が上から下へ落ちていた。

 ルビー色のお湯の中で茶葉がグルグルと回っている。

 ティーカップに注いだ紅い紅茶にミルクを足すと、

 カップの底に広がって、全体に広がって、一つとなって色が変わって、

 キャラメル色になっていた。

 1時間ほど過ごし、またぶらぶらと歩きはじめる。

行く当てもなくついた先、それはひろおい公園だった。

 緑の若葉を生やした木立の間を歩くと風にゆられてさやさやと、ささやく声が耳に聞こえる。

 チクチクな葉を付けた、ひときわ目立つ木がツタに覆われていた。根元には、白やピンクの花が咲く。

 池には黒い鴨がいて、

 バサバサ、と

 羽を打ちつけ水面に波紋を作る。

 もう少し進んだら、噴水が見えてきた。そのそばを黄色い蝶々がひらひらとしている。近づいた。吹き上がる水の下に落ちる音は絶えるとゆうことを知らなかった。

 そよ風に乗る細かな水の粒がほんのりと冷たい。

 ちっちゃな虹ができていた。

 椿の花だ、紅赤に近い濃いピンク、おしべが黄色。四海波と書いてある。

 桜の木。目を奪われて、

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