第55話

サービスカウンターの前で陽太が待っていると、一人の男が陽太の方を見ながらやってきた。

「おい」

「かずき! どこいってたの」

「こっちの台詞だ、いくぞ」

「うん」

 二人は女性店員にお礼を言って、また店内を歩きだす。 

 ホワイトデーはクッキーを贈ることにした。

 せっかくなので手作りしようとかずきは思い立ち、スーパーで買い物を終えたところだ。

「よし、クッキー作るぞ」

「おー」

 薄力粉、卵黄、バター、塩、砂糖、そして、バニラオイル。

 バターと砂糖を練り、卵黄、バニラオイルと塩を混ぜると生地がベタベタとしていた。薄力粉を混ぜていって、生地をのばして、型を抜き、一八〇度で焼いてみた。

「なんか、型と形が変わっているな……」

「そうだね」

 二人は味を見ることにした。

「なんか、硬いな……」

「うん」

「どうしたらいいんだ……」

「志乃に聞いてみたら?」

「あげる人に聞くの?」

 しょうがないなあ、と志乃は電話越しに言う。

 かずきと陽太は志乃の部屋におじゃますることにした。

「クッキーって結構難しいんだから、なめないことね」

志乃はエプロンをしめ、目の前の二人に言う。

二人「はーい」

 キッチンの真っ白な作業台には、余計な物が置かれておらず、手入れがされて清潔な印象だった。

 まるでキュキュッと音をだす洗い終わった食器たちそんな感じ。

 まるでカラッと晴れた日に干された白いシーツと枕カバーそんな感じ。

 まるで荷物の無い引っ越しをする前の部屋そんな感じ。

 志乃はタッパーからだした、クッキーを一口食べて、矯めつ眇めつ見つめてる。

「まず、このくそまずいクッキーはねえ」

「くそまずいって……」

 口を斜めにするかずき。

 そんなかずきを見ないふりして、淡々と話しだす志乃。

「生地を作る段階でバターが溶けてるとか」

「あー、ベトベトになってました」

 うんうんと、陽太は頭を縦に振った。

「生地がだれてるってやつだね」

「薄力粉の混ぜ方もポイントがあって、混ぜすぎるとグルテンってのが沢山発生して硬いクッキーになるから、切りながら混ぜること」

志乃はボールの生地を混ぜていく。

「切りながらですか」

 混ぜ終えて、冷蔵庫のドアを開き生地を置く。

「あとは生地をしっかり休ませること、そうするとバターも溶けないしグルテンも少なくなる」

 出来たクッキーは前のと比べると焼き色も違えば、厚さも違った、食感もサクサクしてる。

「美味しいねかずき」

 陽太は口にクッキーを頬ばっていた。

「そうだな」

「志乃にチョコのお返しだよ」

「ありがとね」

 と嬉しそうに志乃はクッキーをつまんでいた。

 後日、陽太はカレンにもお返しとしてクッキーを渡すのだった。

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