第50話

長々とした待ち時間。

 病院は嫌いだった。大概のことは行かずに済ませていた。薬ってのは、症状をごまかして、大体は自然治癒するのだと思ってる。医者なんて当てにならない。そんな考えを老人は持っている。だが、ガンになってから諦めたように病院に通いだした。もう少し長生きができないものかと思ってのことであった。

「橘さん」

 老人の目の前に男のドクターが座っていた。

「治ってますよ」

 最初、何を言っているのかわからなかった。

「は?」

「がんが治っています」

 老人は聞き間違いかと思った。

「本当ですか?」

「軌跡としかいえないですよ」

 もう少し長生きができそうだ。


 うなだれながら女はベンチに座っていた。

「よいしょ」

 子供が横に腰をおろした。

 少年はしばらく脚をぶらぶらとさせ、左の女に話しかけた。

「ねえ、どうしたの? 元氣ないね」

 心配そうに女にいった。

 話しかけられて子供の存在に氣づき女は「わあ」と驚く。

「ビックリしたあ」

「ごめんね」

「悩んでるだけだよ」

 まどろんだ目を少年に向けそう言った。

「なにを悩んでるの?」

 オレンジの髪を見て女は綺麗だなと思った。

 染めているような感じには見えなかった。

 長い睫の澄んだ瞳を

 見ていたら、

 女はなぜか話したい氣持ちになった。

「私、大学生なんだけど、いま就職活動の時期でね内定貰ったけど、ここから遠い場所なの、ごめん。わかんないよね」

 女は下の方を見て苦く笑った。

「遠くに行かなきゃいけなくなって、でも私には付き合っている人がいて、その人は地元に就職するって言っててね、その人と離ればなれになっちゃうの。それで悩んでいて」

 いまにも泣いてしまいそう、そんな声音になっていた。

 子供は不思議そうにたずねた。

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