第40話

 点滴がぶらさがる銀色の長いやつを連れ歩いた、蒼のパジャマを着た人の脇を通った。

 逆側の窓の外へ目をやる。

 枯れた葉っぱをぶらさげた木が寒そうに立っている。

「ここかな」

 部屋番号の下、名前を確認する。

 ガラガラとスライド式の戸を動かした。

 ベッドが四つある内の、奥の左だ。

「こんにちは」

 先生のお母さんが座っていた。

 お礼を言われて頭を下げられたのでそれに応じて挨拶をする。

 頭にネットをかぶった先生と目があった。

 俺は微笑みを作った。 

 先生の口から言葉が顔をだした。

「ごめんなさい、誰ですか」

 掴んでた籠が指から離れていった。

 俺を知らない先生は先生のまま、いつもとなにも変わりなかった。

 ただ、人の記憶だけ抜け落ちていただけだった。

 それでも、生きていてくれてよかったと思った。

 忘れられてたのはショックじゃないと言えば嘘になるけど。

 また、会うことができてよかった。

 話していれば思い出してくれるかなと少しは期待したけれど、淡い期待は望まないほうがよかった。

 寂しさのわだかまりが溜まっていく。

「じゃあ、先生、また来ます」

「ありがとう」

 目線の先に相変わらずの表情がいてくれた。

 俺だから優しくしてたわけじゃない。

 先生は先生だから、俺に優しくしてくれたんだ。

 そう想ったら、なんだか胸があたたかくなり、そして泣きたくなっていた。

 病室をでるときに、

「ごめんなさいね、来て頂いてありがとうございました」と、

 先生のお母さんに言われた。

「また伺います」

 お辞儀して、病室をあとにした。

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