第3話

「着いたぞ、ここ」

 少年は建物を仰ぎ見る。

髪の先から滴る雫、少年の濡れた頭髪。

 カン、カン、カン、と二階へ続くさびれた赤い階段をのぼっていった。

濡れた大人の靴の足跡と子供の素足の跡がついていた。

 木造二階建てのボロアパートの部屋に入った。

 かずきの城であった。薄汚れているが。

 部屋は六畳でたたみが敷いてあり、台所と、風呂場、便所が別にあった。

「汚いけど氣にすんなよ」

「うん」

 少年を風呂にいかせて、物干しにあるバスタオルを手に取った。浴室の横、棚に置き、風呂場を覗いて声をかけた。

「タオル置いとくからな」

 浴室の白い蒸気が全くいない。

 見ると少年はお湯ではなくて水をだしてかぶってる。

 お湯の湯氣がでない理由(わけ)だ。

「馬鹿、お湯にしろ!」

 かずきはシャワーの温度を変えてやる。

「はは、」

 少年は笑ってる。

「お湯、あったかいね」

 少年は笑顔を向けた。かずきに見せる初めての笑顔であった。

「水にしてたら外で雨浴びてるのとかわらんだろうが」

 浴室をでたかずきは雨に濡れた服を脱いで体をタオルでふく。

 着替え、ドカリと椅子にもたれた。氣の抜けた風船のようになる。

 かずきは先月、務めてた会社を辞めた。雇用保険を貰いながら今は生活をしている。

 仕事を辞めて自分を見つめ直したかった。今の自分は何をしたいのか、よくわからなくなって、ただ働くだけの毎日で、生活して生きるだけってどうなんだろうって思って、それで退職した。

 辞めてはみたが、ただ家にいるだけで、何かするわけでもなく、時間が過ぎていくだけだった。これでは何のために仕事を辞めたのかよくわからなかった。まだ生活のための金を稼ぐ方がましだ。

 考えてもなにがやりたいとかは特になかった。

 今まで、なにをしていたのかと、自分に問いかけてみても、何も無かった。

 空っぽ。

 いや、そんなことはないのだが、これといって情熱やらなんやらと、かたむけたことがなかったので身についているものもなく、たいして興味のあることなどなかった。

 何かを探さなければと思った。

 自分に足りない何かを。

ガチャと少年が浴室から湯氣を上げながらでてきた。

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