箱庭の王国
斑鳩睡蓮
第1話 はじまりのお伽噺
箱庭の中、小さな小さな世界の中で錬金術師は空を見上げました。青くてきれいな空と白くてふわふわとした雲の向こうには神さまが住んでおられるそうです。神さまなんて見たことがない、そんなもの、きっと昔のひとが作り出したまぼろしだ。だれもがそう思っていましたし、錬金術師だって同じように思っていました。ある日、澄んだ空から天のみ使いが降ってくるまでは。
雲を突っ切って、傷ついた翼を持った白くてきれいな天のみ使いは落ちて、錬金術師の目の前に。とっさに錬金術師が伸ばした腕の中には、いつのまにか少女の姿の天のみ使いが。
錬金術師は天のみ使いを大事にしました。たいせつに、たいせつに、天へかえってしまわないように黄金の鎖で天のみ使いの手も足もかたい地面に縛り付けました。
やがて美しい天のみ使いを連れた錬金術師は小さな箱庭の王さまになりました。錬金術という奇跡を人びとに請われて、たくさんの願いを叶えてきたからです。きれいな羽の生えた生きものを連れているのだから、この人は特別な人にちがいないと人びとが考えたからです。
望まれて、そして望んで王さまになった錬金術師は、白亜の城をつくって、高い尖塔をつくりました。きれいな天のみ使いを人びとに見せて、あがめるように言づてしたあとに、王さまはこのせかいで一番天に近い塔のてっぺんに天のみ使いをとじこめました。だれにも──神さまにも取られてしまわないように。
ほんとうのことはわからないけれど、たぶん王さまは天のみ使いを愛していたのです。きれいで無垢な天のみ使いの、金剛石の瞳に恋をしたのです。王さまは毎日塔に登りました。血のような紅玉、深い海のような藍方石、月が流した涙のような月長石。たくさんたくさん宝石や物語をあつめて、王さまは天のみ使いを微笑ませようとがんばりました。けれど、彼女はぼろぼろの翼を抱いて空を恋い、鈴蘭の声で泣くばかり。
そして、ある朝、天のみ使いは死にました。なきがらの代わりに硝子の花が咲きました。虹色にかがやくきれいな花は決して枯れることはありません。それなのに、愚かな王さまは天のみ使いを生き返らせようと硝子の花をこなごなに砕きました。硝子の粉とその羽をまぜてひとを形づくります。そうしてつくった天のみ使いは、金剛石の瞳をした白くてきれいな少女の姿をしていました。けれど、けれど、けれど。その天のみ使いもどきには声がなかったのです。翼も半分しかありません。
失敗だ。
深く絶望した王さまは短剣で胸をひとつきして死にました。目を覚ましたばかりの天のみ使いもどきの目の前で。
──これがはじまりの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます