第4話 はじまりの時間④

 少しばかりの静寂が流れた。気まずそうにしている俺をよそに、彼女は優雅にコーヒーを飲んでいる。何も話しそうな気配はない、こちらが話すのを待っているんだろうか。何を話そうか逡巡していると、ゆっくりと彼女の口が開いた。


「このお店に来る人は、このお店に来る理由があってくる人ばかりなんです。」


 理解が追い付かない俺は、なにも言葉を発することなくコーヒーを口にする。


「この休日という日に、この喫茶店に来るお客様は誰もいないんです。別に店を閉じてるわけでもなく、不思議な力でほかの人から見えないというわけでもないんです。ただ、誰も来る理由がないだけなんです。」


 わかるようなわからないような、いまいち要領を得ない。彼女は何が言いたいんだろう。俺は、カメラを直したくて人伝にこのお店のことを聞いてきた。これが理由ということだろうか。なんの変哲もないありきたりな理由だ。どういうことだろうか。まだまだ理解が追い付かない。黙って話の続きに耳を傾ける。


「コウキさんは、ここにカメラを直したくて来たと思っていますか?それは、半分正解で半分は不正解で、カメラはただのきっかけに過ぎないんです。」


 そこまで言うと、彼女はコーヒーの入ったカップを口まで運んだ。あまりに凛とした佇まいに思わず見惚れてしまった。すると、彼女の纏う空気が変わるのを感じた。急にピリピリとし始め、思わず姿勢を正して彼女に向き直った。


「コウキさん。いま会いたい人はいますか?」


 どくん。心臓の跳ねる音がはっきりと聞こえた。彼女と会うのは今日が二度目だ。名前こそ写真を見て知ったみたいだが、そのほかに彼女に話したことなど一つもない。会社の仲の良い奴にすらも話したことはない。にもかかわらず、彼女はいま俺の一番の願いを知っている。早くなる鼓動を落ち着かせるように俺は一つ深呼吸をした。


「・・・ふう。あの、すみません。質問の意図を聞いてもいいでしょうか。」


 取り乱しそうになる自分を何とか落ち着かせて絞り出した問だった。


「コウキさんは、初めてここを訪れた時違和感を感じませんでしたか。あなたは、写真屋さんを探していたはずです。なのに、ここはどう見ても喫茶店にしか見えないと思います。」


 確かに、初めて来たときは彼女に見惚れてしまい、気が回っていなかった。


「非現実すぎて、受け入れがたいとは思いますが、ここは【現在と過去を繋ぐ場所】と言われています。」


 そういえば、以前ノブに聞いたことがある気がする。なんでも願いを叶えてくれる場所があると、しかしそれ相応の代償が必要なはず。たしか、大切なものと引き換えだったような・・・。


「どうやら、噂くらいは耳にしたことがあるみたいですね。けど、おそらく少し違っています。」


 彼女は、ごく自然に当たり前のことを話しているといったトーンで続ける。

 窓から差し込む光が少しづつ高くなっているのを感じる。相変わらず店の周りに人の気配はないけど、世界が目覚めたのを感じる。と同時に、俺の頭も落ち着き冷静さを取り戻していた。


「順を追って説明します。ここで出来ることは、会いたい人と会わせることです。」


 彼女の問いから、そのことは大いに予想ができた。


「ただし、誰でも会えると言うわけではないです。会える人は、あなたが今までに会ったことのある人、且つ、ある条件を満たした方のみ会うことができます。その条件は、【写真】です。」


 会いたい人と会える。自分で自分の感情が昂っていくのを感じる。しかし、ここは一度冷静になって話の続きに耳を傾ける。


「条件とは、依頼者本人と会いたい人の2人が写っている写真が必要になります。そして、その写真は消費され、もう元には戻りません。何も写っていない写真のみが残ります。」


 会いたい人と会える。このことが人に対して与える影響は少なくない・・・と思う。

 懐かしさを感じたり、気恥ずかしさを感じたり。言い残したことや後悔、その清算のために会う人だっているだろう。俺の会いたい人・・・。

 そうやって、考えを巡らしているといくつかの疑問点が浮かんできた。


「あの、二三質問してもいいですか?」


 そういうと、彼女は静かに小さくうなづいた 。


「会いたい人に会えるとは具体的にどのようにして会えるんですか。たとえば、夢の中で会うだとか、人形に乗り移らせて意識とだけ会えるだとか、肉体を持たない幽霊としてだとか、写真の世界に入り込むとか・・・。」


 そこまで言って顔を上げると、彼女の顔が微笑んでいた。まじめに話していた手前少しだけムッとしてしまった。


「あの、なにかおかしいこと言いましたか?」


「あ、すいません。そんなつもりはなかったのですが・・・。ただ、コウキさんは想像力が豊かだなと感心していたところでして。


 彼女が申し訳なさそうに言うもんだから、反論は控えたがなんだか小馬鹿にされたような気になり、居心地はよくなかった。


「けど、コウキさんのおっしゃった中に限りなく近い回答がありました。私ができることは、写真の世界に依頼された方を案内することなんです。」


 おれは、食い入るように彼女の話に聞き入った。


「写真の世界、意識だけの世界に依頼者と私が招き入れた方が入れるのです。その世界のなかは、時間軸がないため、あらかじめルールを決めてから入ります。そうしないと、その世界から帰ってこれなくなりますから。」


 背筋がゾクッとなるのを感じた。


「安心してください。ルールさえ決めれば必ず帰ってきますので。」


 こちらの不安を知ってか、落ち着けるように、不安を煽らないようにただただ、慈愛を込めたその微笑は、コーヒーのように胸に染み入ってくるように感じた。ここまで非現実的な話を聞いて、平然としていられるのはおかしいなって、自分に向けて自嘲気味にあざ笑った。ふと外を見ると、太陽が真上まで登っていた。

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止まったままの時間 3sunches @3sunches

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