第2話 はじまりの時間2

時間的にも体力的にこのお店が最後だろう。今までの流れからあまり期待せずに気楽にいくことにした。久しぶりに人のぬくもりに触れて、今はとても気分が良い。足取り軽く教えてもらったお店に向かうと、少し大通りから奥に入った古びたお店だった。知らなければまず来ることはなく、見つけることも困難なこのお店は不思議な雰囲気が漂っていた。

 外から見る限り人の気配がない。不気味とさえいえる佇まい、俺は意を決してその扉を開けた。

「カランカラン。」

耳に心地いい鐘の音が響く。中に入ると、少し古風な喫茶店風のお店だった。ほかの客はいなく、お店を間違えたかともっていたところ。奥のほうから、声が聞こえてきた。

「はーい、手が離せないから好きなところに座ってちょっと待っていてください。」

快活な女性の声が聞こえてきた。どうやら人はいるようだ。誰もいなく遠慮することもないので、雰囲気の良い奥の窓際の席に腰かけた。ぼんやりと窓の外を眺めながらこのお店の雰囲気を楽しんでいた。普段はアクティブなことばかりやっているせいでこんな風にゆっくりと時が流れることを楽しむことはしばらくしていなかった。仕事が忙しいし、ストレスが溜まるもんだから休日はもっぱらストレス発散だし。そんなことを考えながら、俺の人生の薄さを実感し、自嘲気味に乾いた笑いがした。

「待たせちゃってごめんなさい。・・・って、あれ。見ない顔ですね。」

奥のほうから、女性が現れた。思いのほか若い子で、肩ほどの髪がさらさらと揺れていて、控えめに言っても美少女だった。

「いらっしゃいませ、当店へようこそ。メニューはそちらにありますので、お決まりになりましたら声かけてくださいね。」

「あ、かしこまらないでください。そういうのなんか緊張しちゃって。それに親しげに話されるのってなんだか新鮮で。」

急に堅苦しく話すものだから、別人かとおもった。

「あ、ほんとですか。接客ってあんまり得意じゃなくって。ここ最近も顔見知りさんしか来ないから完全に油断しちゃいました。」

 うん、こっちのほうが彼女らしくてしっくりくる。

「けど、うちにくるなんて珍しいですね。迷子ですか?」

 そうだ、彼女の勢いに充てられて失念していたが、俺は確かカメラ屋さんを目指してきていたはずだ。しかし、店内はどう見ても喫茶店員にしか見えない。

「あの、カメラの修理を依頼したくて、人伝にここのことを聞いたのですが、ここは違うお店ですかね。」

 そう尋ねると、彼女は目を丸くしていた。しばらくして含みのある笑みを浮かべて

「へぇー、そっか。お兄さん【そっち】のお客さんなんですね。」

【そっち】この言葉に多少の違和感を覚えながらも、彼女の言葉に耳を傾ける。

「この場所で間違いないですよ。表向きは喫茶店ですけど、カメラに関することも生業にしています。ちょっとカメラ見せてもらえますか。」

 そういうと、彼女はカメラを手に取り、不具合のある箇所を調べているようだった。カメラを診る手付きはとても扱いに慣れていて、丁寧にしっかりと細かいところまで診ているようだった。一通り目を通して彼女がカメラを置くと、ふぅっと息をついた。

「とても使い込まれているのに、整備が行き届いていて大事にされているのが分かります。カメラお好きなんですね。」

 耳が痛い。大事にしていたのは親父で、俺は今日まで押入れに眠らせていた。

「いや、父から就職祝いにもらったものなのですが、久しぶりに出したら電源が点かなくて。」

「そうですねえ、点かない原因がわからないくらい状態がいいので、バッテリーの問題かもしれません。内部を詳しく見たいんですけど、今日はまだ時間ありますか。」

 正直なところ今日はひどく疲れた。カメラのせいで普段に無い徒労をしてか気疲れがひどい。それとは別にいい出会いもあったから総じていうと今日のところはプラマイ0といったところだろう。しかし、今日は家に帰って布団に転がりたい気分だ。

「申し訳ないですが、明日は仕事もあるのでお暇しようと思います。」

少し残念そうな彼女に胸が痛んだが、直るかもわからないから今日のところはおとなしく引き下がることとしよう。お店を後にしようと身支度をしていると、彼女から提案があった。

「よければ、そのカメラ預かってもいいですか。急がないようであれば次来る時までに直しておきます。」

彼女の提案に関して断る理由もないので、お言葉に甘えて俺は彼女にカメラを預けて、店を後にした。

今までの休日とはずいぶん違っていてなにやら疲労困憊だが、なんとなく満ち足りた感覚を覚えた。また行く理由をくれた彼女に感謝だな。こころなしか来週の休みの予定ができて帰路に就いた俺の足取りは軽かった。

 


「よお、随分ご機嫌そうじゃん。休みの間になにかいいことでもあったか?あ、遂に童貞を脱したのか、やるじゃねえか。」

 朝っぱらから元気な奴に絡まれた、俺が一言も発していないうちに憶測でものを言いやがって。俺は童貞じゃねえ。

「俺はいたっていつも通りだ。そういうお前のほうこそ何かあったんだろ。」

三島延広ミシマ ノブヒロ】、同期の中では比較的仲の良い奴、いや、一方的に絡んでくるからなのだが。

「よくぞ聞いてくれました、昨日合コンに行ったんだけどそのうちの一人がめちゃくちゃタイプでさ、連絡先交換しちゃったよ。」

こいつは根っからの遊び人で女の子がいないと生きていけないタイプだ。ノブの生き方を否定するわけじゃないが俺にはできない生き方だなと思う。全然羨ましくはないが。

「よかったな、うまくいくことを祈ってるよ。」

「ありがとな、けどお前もやっぱなんかあっただろ。いつもとは雰囲気が違うっていうか、いつもならすっきりして気合十分って感じの顔をしているのに、今日はやたら晴れやかというか、落ち着いているというか。」

 全然自覚なかった。確かにストレス発散はしなかったものの、なんとなくいい休日だった。充足感は確かにあったかもしれない。まさか、それが顔にまで出ているとは。

「ちょっといつもと違う休日で、いろんな人に会ったんだよ。良い人達ばっかりだったから確かに気分はいいな。」

 ノブは、へぇーと一言いい、ニヤニヤして一言

「女か?」

 俺は、それを聞こえないふりをして真顔で乗り切った。

「金曜呑みに行くぞ、詳しく聞かせろよな。」

そう言い放って、ノブも自分の席に戻っていった。


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