檻に眠る超新星

火植昭

目覚め

 はっ。これはまずい。思いついてしまった。まさに最悪のタイミング。めくるめく広がっていく自分の想像力に、私は戦慄する。

 今、私の頭の中では、最高の物語が凄まじい速度で更新を続けている。おそらくはベストセラーの帯を豪勢にまとい、表紙を客に見せて書店の一角に並べられるであろうほどの傑作だ。喉から出た手でその文庫本を手に取る客の表情がありありと目に浮かぶ。

 この閃きがちょうど殺人の罪で警察官に手錠をかけられている最中でなければ、私は真っ先に部屋中をかき分け、しばらく使っていない手帳を見つけ出してその内容を書き留めていただろう。手が追い付かない時はスマホに持ち替えて、音声入力でもよかった。とにかく、書きたい。書いてから散りたい。

 しかし私の想像力は、現実に時間を少し前へ戻す能力までは兼ね備えていなかった。無抵抗な私を捕らえる二名の警察官からは、年に数回の頻度で出現する安堵感が感じられた。そうした彼らの緊迫していない様子が、私には恐ろしかった。

 虚弱体質の私には当然、抵抗するだけの力がない。かといってそれは気力がないのとは違う。何とかしてその意を表明しようと考えたが、何も思いつかなかった。結局、突発的な意思表示には暴力が最適な手段であった。そう考えながらも動けない私は、たまたま目の前にあった(いつも探すのには丸一時間を要するほどであった)例の手帳をつかめとれないほどに、弱かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

檻に眠る超新星 火植昭 @akirah_inoue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ