第10話 味のしない夕食会
わたしの前に立ったのは、背の高い執事さんだ。
顔はいいんだけど……声と態度はなんというか無機質で、人形のよう。
わたしは返答に迷った。
「えーっと、ごめんなさい。後でもいいでしょうか? 弟がお手洗いに行っているんです」
「弟様でしたら、先にお待ちです」
「え?」
わたしは、目をしばたかせた。
ルイよ、姉を差し置いていつの間に……。
戻ってこないと思ったら、ちゃっかり自分だけ先に夕食にありつこうなんてズルいじゃない!
「分かりました、わたしも行きます!」
こうしてはいられないわ。
わたしは執事さんと共に、大股でダイニングホールへと向かった。
案内された部屋は、とても華やかな空間だった。
天井を見上げると、煌びやかなシャンデリアが輝いている。
大きなテーブルの上には、白い磁器のお皿と銀製のカトラリーが並んでいた。中央に
今にも貴族の
ちらりと見回すと、数人の執事さんの姿があった。
でもアルヴィンさまはいなくて、わたしはがっかりした。
期待していたのにっ!
その代わり、別の先客がいた。
「レナ様、お待ちしておりましたわ」
妖艶な笑みを浮かべたのは、ローレルさんだ。
彼女は家令だと名乗ったけれど、今は主人の席に腰掛けている。
わたしは案内されて、真向かいに座った。
あれ……?
ふと気づいて、わたしは部屋を見回す。ルイの姿が、どこにもなかった。
「ローレルさん、弟はどこですか?」
「別室にいらっしゃいますわ」
「別室? どうしてです?」
わたしの問いに、ローレルさんは答えない。
無言のまま、意味ありげに見返してくる。
なんだか、すっごく落ち着かない。
そう、アーデルハイトの屋敷で、親戚一同を前に追放を言い渡された時のようだ。
妙に口が渇いて、わたしはグラスに注がれた水を口にした。
その時だ。
「ところでレナ様は、魔女でいらっしゃいますね?」
「!! ち、ちちちちがいますけどーーーっ!?」
危なかった。
なんとか平静を保って、わたしは返答した。
他の誰かだったら、口に含んだ水を噴き出した程度では済まなかっただろう。
「アルムに住むという、銀髪の魔女の一族。お噂はかねがねうかがっておりますわ」
ローレルさんは言いながら、目を光らせる。
わたしの胸は不安でひどくざわめいた。
どうして、わたしが魔女だと分かったのだろう?
昼間に出くわした偽審問官たちと違って、彼女の声は強い確信を帯びている。
──教会に、通報したのだろうか。
背中を、冷たい汗が伝った。
まさか既に極悪な審問官が、扉の向こうで待機しているとか……!?
に、逃げなきゃ!!
わたしは慌てて、立ち上がった。
アルヴィンさまに告白もせずに、駆逐されるだなんてイヤ。絶対にイヤ。
──まだ、キスだってしていないのにっ!!
「わ、わたし用事を思い出し……ふぎゃっ!?」
直後、バサッ、という羽音と共に衝撃が走った。視界が、黒一色になった。
な、ななな、なになになに!? 審問官が攻撃してきたの!?
いや、そうじゃなかった。
原因は審問官じゃなくて……鳥、だ。
夜だというのに、カラスがわたしの顔にぶつかったのだ。
地面に落下したそれは、翼をばたつかせると、再び宙を飛んだ。
わたしは目を疑った。
カラスはローレルさんの肩にとまると、耳元にクチバシを近づける。そして、なにか耳打ちしたのだ。
ややあって、スッと、まるで魔法のように消えてしまう。
ローレルさんは、怪しく微笑んだ。
「レナさま、ご心配には及びませんわ。わたくしどもも、魔女でございますので」
「へっ?」
思わず目が、点になった。
ローレルさんが、魔女っ!?
まさか旅の初日から同族に会うなんて……いや、そんなことよりも。
彼女の双眸には、なぜか陰湿な影がちらついてた。
わたしの心の中で、不安が大きく渦巻いた。
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