第9話 バカ姉はジッとしない

 姉と一緒に寝る、とか……。

 しれっと何を言い出すのよ、この弟はっ!?


「ですが……」


 アルヴィンさまは困った顔で、ちらりとわたしを見た。

 何が言いたいかは分かる。

 十六歳にもなって弟と寝るだなんて、まったく健全じゃない。

 わたしはため息をつくと、諭すように語りかけた。


「あのねルイ、わたしたちもう子供じゃないの。お姉さまとは寝れないのよ。分かった? 分かったわよね? 分かったら、さっさと別の部屋に行ってちょうだい」

「ボクはソファーを使う。バカ姉はベッドで寝ればいい」


 ルイは、どこまでもかたくなだ。

 わたしは腕を組むと、白い目で見た。


「どうして同じ部屋で寝たいのよ? もしかして……イヤラシいことを考えているんじゃないでしょうねっ」

「そんなわけあるかっ!」

 

 ルイの語気は、妙に強い。


「心配なだけだ! 昼間の一件もあるし、さっき倒れたばかりじゃないか!」 

「心配? 誰を?」

「言わせるな! ポンコツ!」


 なぜかルイは声を荒げる。


 ──そうか。


 そういうことなのね。

 ようやく、わたしは全てを理解した。

 バカ姉と呼んだかと思えば姉さんと叫んだり、人をぞんざいに扱うくせに、ピンチの時は必死に駆けつけたり。

 つまり、あれ。


 重度のホームシック。

 偉そうに振る舞っても、まだ子供なのね。ひとりになるのが怖いんだわ。

 これってもしかして……わたしは、こころの中でほくそえんだ。

 ルイに恩を売り、アルヴィンさまには優しい姉をアピールする大チャンスなんじゃないかしら!?


「アルヴィンさま」


 わたしは、しおらしい態度で言う。


「お心遣いありがとうございます。でもわたしたち、このお部屋だけで十分です」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい。弟もわたしがいた方が安心できると思いますし。この年になって、まだお姉ちゃん子なんです。困ったものですよね、フフフ」

「……承知しました。もしご事情が変わりましたら、お呼び下さい」


 そう言うと、アルヴィンさまは爽やかな笑顔を残して退出して行った。これは、好印象を与えたに違いないわっ!

 呆れた顔をするルイを尻目に、わたしは悦に入った笑みを浮かべた。

 



 ボーン、ボーンと。

 壁際に置かれた振り子時計が八回鳴った。

 わたしはベッドの縁に腰掛けていた。

 お手洗いに行くと言って、ルイが部屋を出てから少し経つ。


 頬に手を当てて、わたしは思いにふける。 

 明日には、ここを発たないといけない。いつまでもお世話になるわけにはいかないもの。

 それってつまり──アルヴィンさまともお別れ、ってことよね?

 相思相愛なのに引き裂かれるだなんて、運命って非情だと思う。


 このまま、なにもせずに朝を待つべきなんだろうか……。

 いや、それは違う。

 わたしは拳を固く握った。

 アルヴィンさまに会って、猛烈アピールで押して押して、明日の朝までにゴールインするのだ。


 あ、ゴールインって、その……変な意味じゃないからね!?

 で、でも、もし迫られたら、その、どうしよう!!


「もうーヤダーっ! わたし、心の準備が! アルヴィンさまったら、もう-!!」


 わたしは枕に顔をうずめると、足をバタバタとする。


 ──決めた。


 わたしは決意を双眸に宿して、枕から顔を上げる。

 アルヴィンさまを、探しに行こう。

 それにほら、この屋敷を見つけたのだって、わたしの行動力のおかげじゃない?

 前進あるのみなのよ!


 わたしはベッドから降りると、扉へ向かう。

 まさにノブに手をかけた時、ノックの音が響いた。


「は、はい!?」


 わたしは驚きに跳び上がった。

 この運命的としか言えないタイミング。これってまさか──。


「アルヴィンさまっ! 来てくださったんですか!?」


 期待に胸を膨らませて扉を開ける。

 そしてわたしは、酷くがっかりした。

 扉の前に立っていたのは、アルヴィンさまじゃない。 

 美男子だけど、無表情な執事さんが立っていたのだ。愛想の欠片もなく、わたしに恭しく告げた。


「レナ様、ご夕食の支度ができております。ダイニングホールへどうぞ」

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