第8話 これが運命の出会い!?

 意識がなかったのは、ほんの一瞬だったと思う。


 ──姉さんっ! 姉さん!!


 ルイの取り乱したような声が聞こえた。

 普段は偉そうなクセに、これくらいで狼狽うろたえてうるさいわね。

 わたしは、重たい瞼を持ち上げる。

 目の前にはルイが……って、違う。


「へっ!?」 


 わたしは、雷に打たれたかのように硬直した。

 だって冷静でいられるわけがない。

 息がかかるほどの間近に、とびっきりの美男子の顔があった。

 ルイ、じゃない。わたしは黒髪の執事さんに、抱きかかえられていたのだ。


「ご気分はいかがですか?」

「ひ、ひゃい! ダイジォブデズ! 最高です!」


 生きてて良かった! ありがとう神さまっ!

 執事さんと目があって、わたしの頬はたちまち紅潮する。

 年齢は二つか三つくらい、わたしより年上だろうか。

 少し影のあるような、憂いを帯びた瞳でのぞき込まれて、口から心臓が飛び出そうになった。


 この人……完全にドストライク。

 もしかして運命の人なの? 

 王子さまなの!?

 で、でも、待って待って!

 わたしは大きく深呼吸をした。

 落ち着いて、レナ。

 早とちりはダメ、絶対にダメ。一生の大事だもの。

 自分に強く言い聞かせて、わたしは胸元で組んだ手を強く握り合わせた。


「レナ様、ご無理はなされずに。アルヴィン、お部屋までご案内を」


 ローレルさんが、気遣わしげに声をかけてくれる。

 なるほど。この方はアルヴィンさまなのね。素敵なお名前だわ!


「立てますか?」


 問われて、わたしはコクコクと頷いた。

 もっと抱きかかえていて欲しかったけど……残念。でも、わがままな女だって思われたくないものね。

 わたしを床におろすと、王子さまはトランクケースを持ってくれた。


 顔だけじゃなくて、力持ちだし優しい!

 姉をバカ扱いするどこかの弟とは、大違いだわっ。

 わたしは目を輝かせながら、ときめく。ルイの放つ白々しい視線なんて気にしない。


 案内されて、わたしたちは客間のある二階へと上がった。

 上階の廊下もオイルランプが灯されていて、とても明るい。


「アルヴィンさま!」


 少し後ろを歩きながら、わたしは黄色い声をあげた。

 アルヴィンさまは、肩越しに振り返る。


「どうかされましたか?」

「素敵なお名前ですね! ところでご結婚はっ!?」

「は?」

「気にしないで下さい。錯乱しているだけです、いつもの病気です」


 苦虫をかみつぶしたような顔をするルイを、わたしはキッと睨みつける。 

 この弟には、姉の恋を応援しようって気持ちがないの!?

 でもアルヴィンさまは足を止めると、素敵すぎる微笑みをわたしに向けた。


「僕のことでしたら、アルヴィンで結構です。レナ様は大事な当家のお客様ですので」


 まあ! レナさま……だなんてっ。しかも大事な、だなんて!

 これってもしかして、相思相愛ってことなの!?

 わたしは舞い上がらずにはいられない。

 そこに、どこまでも空気の読めないルイが割って入ってくる。


「ところで、ご主人にお礼を伝えたいのですが?」

「あいにくですが、主人は長期で不在です」

「……長期で?」

「ええ、実は僕もお目にかかったことはないんです。この屋敷に仕えて、まだ一ヶ月ほどですので」


 二人の色気のない会話を、わたしは上の空で聞き流す。


「こちらです」


 わたしたちは、ある部屋の前に案内された。

 ここが目的の客間なのだろう。鍵束を取り出して、扉を開けてくれた。


「わあ……」


 中を一目見て、わたしは感動した。 

 とても立派で広い客間だ。

 応接ソファーや天蓋てんがいつきのベッドまである。

 口だけではなく、本当に歓迎されていることが伝わってくる。


「お連れ様には、別の部屋をご用意いたします」


 アルヴィンさまの声かけに、ルイは首を横に振った。

 わたしは耳を疑った。 

 この愚弟はあろうことか……とんでもないことを言い出したのだ。


「結構です。ボクは姉と一緒に寝ますので」

「はっ!?」


 その場の空気が、一瞬で凍りついた。

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