第5話 美少年 対 審問官

 怒号を発しながら、四人が一斉にルイに襲いかかる。

 さて、と。

 わたしは壁によりかかって、欠伸をかみ殺した。

 え? なんでそんなに悠長なんだって?


 ルイはわたしより少し身長が高いくらいで、スラッとした体型をしている。男子にしたら、小柄な方だろう。

 事情を知らなければ、美少年に武器を持った大男が襲いかかる……そう見えたかもしれない。

 でも、それは大きな勘違いだ。

 襲われる側には、実は小型のハリケーンが一ダースは潜んでいるのだ。


 悲鳴があがった。

 ルイのものじゃない。声は野太くて、聞き苦しい。

 正面から繰り出された短剣を軽やかに避けると、ルイは相手の腹を鋭く蹴りつけた。

 顔を真っ青にして、男が動きを止める。


 痛みにもだえた男は、地面に倒れた。いや、ルイはそれを許さない。腕を掴むと、別の男に向けて軽々と投げ飛ばしたのだ。

 二人は頭部を強打して、今度こそ地面に倒れ伏す。


 さすがは我が弟だわ。

 ほんと、容赦の欠片もない。

 ルイの動きは流れるように洗練されている。戦うというよりは、まるで舞いを踊っているよう。


 残された二人は、ルイを左右から挟撃した。

 どちらか一方が倒されても、その隙に残った者の攻撃が届く。

 悪くないアイデアだと思う。

 悪かったとしたら、相手がわたしの弟だったこと、それくらいだ。


 ルイが跳躍した。

 重力をまったく感じさせず、ふわりと男の肩に飛び乗る。


「なっ!?」


 目を疑うような身体能力が、反応を遅れさせた。 

 男の肩を支点にして、ルイは脚を振った。左側から迫った審問官の頭を蹴り飛ばし、昏倒させる。

 最後のひとりは常識外れの力を目の当たりにして、意識を手放す選択をしたみたい。

 失禁すると、自分のつくった水たまりの中に倒れ込んだ。

 同時にルイは、軽やかに地面を踏んでいる。


 始まりから一分としないうちに、立っているのはわたしたちだけになっていた。

 審問官の半分は気絶していて、残りの半分は地面に這いつくばって何かを毒づいている。

 圧勝だった。まあ、当然の結果だけど。


 魔女の一族に、男子が生まれることは稀、らしい。

 そして魔法の素質を受け継ぐのは女子だけ。けがれた血だと、見下す魔女さえいる。

 だから男子には何の力もないのかといえば……それは違う。

 並外れた身体能力と戦いのセンスを発揮する者もいる。ルイのように。


 わたしは、ふと疑問に思った。

 いくらルイが規格外の強さだとはいえ……審問官って、こんなに弱っちくていいのだろうか?逆に心配になってくるのだけど。

 ルイは手近にうずくまる男に近づくと、襟首を掴んで持ち上げた。


「なぜ姉を襲った? 誰に命令された?」

「化け物めっ!」


 血走った目で、男が叫ぶ。

 ルイは表情を変えずに、男を積み上げられたゴミの中へ放り投げた。残飯やらゴミやらの中に、盛大な音をたてて頭から突っ込む。

 同情の余地なんてない。


 ないけれど……せめて良い夢が見られるように祈っておく。

 地面を這いずりながら、リーダー格の男がコソコソと逃げようとしていた。

 その進路を、ルイが無情に塞ぐ。


「どこに行こうというんです?」


 金魚のように口をパクパクとさせながら、男はルイを見上げた。


「お、お前はあのバカ女の仲間かっ!?」

「質問しているのはボクです」


 ルイは冷たく笑う。


「それから、覚えておいてもらいましょうか。姉をバカ呼ばわりしてもいいのはボクだけです」

「なんなのよ、その謎ルールはっ!?」

「わ、わかったっ!」

「あなたも納得するじゃないっ!!」


 頼むから勝手に話を進めないで欲しい。

 わたしは抗議の声をあげると、苛立ちながらルイに告げる。


「その人たち、審問官だって言ってたわよっ!」

「審問官?──二度は聞きませんよ。姉を襲ったのです?」


 ルイは、ことさら冷酷な目で見下ろす。


「ち、違うっ!」


 男は必死に首を横に振ると、意外な言葉を吐き出した。


「俺達は……じ、自警団だっ!」

「……は?」 


 わたしは目をぱちくりとさせた。

 じけいだん?

 この人たち……審問官、じゃなかったの!?


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