第4話 王子さまは遅れてやってくる?

「──あなたたち何者よ?」


 行く手を塞がれて、わたしは表情をかたくする。

 人気のない裏路地だ。助けを呼んだところで、誰も来てくれそうにない。


「俺たちか? 審問官に決まってるだろう!」


 リーダー格の男が言い、周囲の取り巻きが下品な笑い声を立てた。

 ──審問官!

 わたしは思わず絶句した。

 教会に所属する、魔女を駆逐する悪人たち。

 まさかこんなに早く遭遇するだなんて……想定外だ。

 人相の悪い男が進み出て、わたしの腕を掴む。


「お前は魔女だろう? 一緒に来てもらうぞ」

「!」


 さすがは審問官だわ。

 わたしの正体なんて、お見通しか。

 でも、このまま素直に駆逐されてやるわけにはいかない。


 それにこの審問官たちって、想像していたのと、だいぶん違う。

 何と言うか、魔女の天敵で悪の象徴というよりは……どこかのギャングか、底の浅いチンピラのように見える。

 男は背筋がゾワゾワとするような、粘り気のある視線を向けてくる。


「離してっ!!」


 生理的な嫌悪感が走って、わたしは腕を振り払った。


「ハッ!!」


 そして気合いの声と共に、腰を低く落とし構える。


「おい……!」


 わたしが放った鋭い眼光に、男はたじろいた。 

 一見するとフワフワした深窓の令嬢が、武術の構えをとったことに驚いたのだろう。


 わたしは魔女だけど、魔法を使えない。

 いや、魔法が使えたとしても魔法は使えない。

 使えても使えない?

 あ、えーっとそれはつまり……魔女が力を使えるのは、月夜に限られるからだ。

 でも、大丈夫!


 わたしには武術の心得がある。審問官にだって負けはしない。

 母の書斎にある本を、コッソリ読んだのだから!

 確か『ラヂオ体●第一』……だったっけ。東方に伝わる武術らしい。こんな時に役に立つなんて、覚えた甲斐があったわ♪ 

 わたしは両腕を前から上に上げ、ゆっくりと横に下ろす。


「気をつけろ! 見たことのない構えだ!」


 緊張を帯びた声があがった。

 そうでしょうとも。後悔したってもう遅い。

 わたしがゆらりと一歩踏み出すと、審問官たちは一歩後ずさる。


「怪我をする前に逃げた方が、あなたたちのためよ?」

「ふざけるなっ!」


 せっかく忠告してあげたのに。

 自棄になった男が、叫びながら突進してきた。

 わたしは目を細めた。

 無知って哀れよね。

 男が目前に迫り、わたしは──。


「離してよっ! ち、ちょっと、どこ触っているのよっ!?」


 結果から言うと、東方伝来の武術はあっさりと敗れ去った。

 後ろから羽交い締めにされて、わたしは手足をばたつかせる。

 リーダー格の男が、舌なめずりをしながら近づいてきた。


「さあ、審問の時間だ。覚悟しろよ」


 男は無遠慮に、嫌らしい視線をわたしに向けてくる。

 審問なんて絶対にお断りだ。

 と、男がわたしの顎を掴んだ。 

 ちょーーっと!ちょっと、ちょっと待って!!

 

 背筋に、ぞわっとした悪寒が走った。

 無精ひげの生えた顔が、どんどん近づいてくる。わたしの唇に向かって、だ! 

 これが審問なのっ!?

 ファーストキスがこんなオジサンなんて、無理無理!断固拒否!!


 ありったけの力で、身体をひねって逃れようとする。

 だけど、女の力で大男に抵抗できるわけがない。

 徐々に酒臭い顔が近づき……わたしは異変を感じた。


 身体の奥底から、熱い力の塊のようなものが湧き上がってくる感じがした。

 それが何かを形をつくろうとした直前、男は文字通り道路の脇へと吹っ飛んで行った。

 後ろで羽交い締めにしていた男も、濁音を発しながら倒れ込む。

 わたしは唖然とした。


 な……なになになに!?なにが起きたのっ!? 

 これってもしかして、お姫様のピンチの時に現れる、白馬の王子さまなんじゃ!?


「──王子さまっ!?」

「勝手に動き回るなと言っただろう!バカ姉っ!」


 目を輝かせるわたしに浴びせられたのは、王子の投げキス……などでなく、容赦のない言葉だ。

 そう、わたしを救ったのはルイだったのだ。

 全力疾走をしてきたのか、額に汗を浮かべて肩で息をしている。

 どうしてだろう?こんなルイを見るのは、ほんとうに久しぶりな気がする。


「まったく……行動力のあるバカが一番タチが悪い……」  


 誰の話をしているのか分からないけれど、場違いなグチをわたしは見逃せない。


「分かるわよ。でもね、ルイ。今はそんなこと言っている場合じゃないのよ?」

「訂正する。自覚のないバカが一番タチが悪い」


 なおもブツブツと呟きながら、ルイは呼吸を整える。そして殺気立つ審問官たちを睨みつけた。


「なんだお前は!!」

「あなたたちの命の恩人ですよ。感謝してらもいたいものですね」


 怒りで顔を赤黒く染めた男たちに、ルイは平然として答える。


「邪魔をするな、小僧!」


 ルイの返答に、男は粗暴な表情で吐き捨てる。審問官たちは怒気をはらんで、突進を開始していた。

 もう手段を選ぶ気はないらしい。

 手元に、銀色の凶器が光った。

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