第5話 ドラゴンの誘い

 オーガロードを倒した後、3人の勇者は密集した木々を逆に利用し、オーガたちを個別撃破することにした。

 オーガロードが倒されたことを知ってか、オーガたちの多くは逃げ出したらしい。


 もともと、群れることのない魔物だ。

 勇者たちは、3体のオーガ倒したところで追跡を切り上げた。


「交換した能力の調子はどうだ?」


 ヒロトは、オーガロードの死体を協力して解体しながら、ブルックに尋ねた。

 3人とも、魔物を解体するためにナイフを使用していた。

 この世界では、文明が発展するほど人々に余裕がない。


 武器としての刃物は粗末なものしかなくとも、日用品としての刃物は、地下にある施設で作られているのだ。


「ああ。問題なさそうだ。俺が交渉でもらったのは、精神魔法のレベルアップと土魔法のレベルアップだ」

「そうか。ならよかった」


 両方とも、戦いの中でヒロトは見ていた。

 勇者同士は協力し合わなくてはドラゴンには敵わない。それが共通の認識のため、情報を隠すことはない。


 だが、全ての情報を開示しているかというと、それは勇者本人の考え方によるのだ。

 実際にはヒロトも、重力魔法が使えることと風雷魔法を高レベルまで習得していること以外は、ほかの勇者には教えていないのだ。


「ヒロト、まだやれるか?」


 オーガロードの皮の厚さに閉口していた時、エドウィンが尋ねた。


「何か来たか?」


 振り返ると、エドウィンは上を見ていた。


「不味い。隠れろ」


 上空を、巨大な影が滑空している。

 高い位置を飛んでいるように感じるが、それにしてはもあまりにも巨大だ。

 オーガロードの死体の陰に入りながら、ヒロトが呟いた。


「ドラゴンソルジャーか?」

「まさか。あの巨体で飛べるものか。歩いているところしか見たことがない」


 ブルックが言った。ヒロトの認識と同じである。


「……行ったか」


 ドラゴンらしい影は、ただ滑空していただけで通り過ぎた。

 ヒロトたちを探していたわけではないのだろう。

 ヒロトは安心してオーガロードの死体から這い出した。エドウィンとブルックも、安心した顔をしている。


 その時だった。

 オーガロードの死体が、跳ねるように震えた。

 死体の真ん中に、なにかが落ちて来た。


「……ほう。転移者が3人か。誰か、ダンジョンに挑むつもりはないか? ダンジョンに行けば、あらゆる望みが叶うだろう」


 歌うように告げたのは、人間の身長の2倍ほどある、種族特徴からすると小柄なドラゴンだった。


「……ドラゴンか?」

「いかにも。ドラゴンロードと呼ばれておる。個体名なら、シモエネラという」


 ドラゴンが名乗った。同時に、エドウィンが空中を飛び、ブルックが土魔法

放ち、ヒロトは精神魔法をタップした。

 次の瞬間、エドウィンが吹き飛ばされ、ブルックが地面にめり込んだ。

 ヒロトは精神魔法を放ちながら、なんの効果もなかったことを理解した。


「わしらを殺そうとしている恩知らずの人間たちがいるとも聴いている。もしかして……貴様らはそっち側の連中か?」


 一歩も動かないまま3人の勇者を一蹴し、ドラゴンロード、シモエネラは言った。

 ドラゴンソルジャーほどの巨体ではない。だが、現在の力で戦っても勝てる見込みはない。

 ヒロトは、エドウィンとブルックの様子を探りながら口を開いた。


「俺たちは、ドラゴンに誘拐されてこの世界に来た。この世界の人間が全てそうだ。ドラゴンに協力的になる理由がない」

「ふむ……その認識は正しいが、お前たちは望んだはずだ。異世界に行きたいと。そうでなければ、わしらとて異世界の人間をこちらの世界にひき入れることはできん」


「まともな異世界に行きたかったんだ。ドラゴンが支配し、人間の文明が存在しない異世界に行きたかったわけではない」

「そこまでは面倒みきれんよ。ダンジョンを攻略するのに力を貸さんというのなら、わしらには無用の存在だ。面倒を起こす前に、殺してしまおうかのう」


「ど、どうして、俺たちがここにいるのがわかった?」

「いいや。わからんよ。最近つくったはずのオーガロードが、わしらの支配を離れる前から壊れたようなので、様子を見に来た。そうしたら……転移者たちが破壊したことがわかった。それだけじゃ」


「魔物は……まさかドラゴンが作っているのか?」

「当然じゃ。もともとこの世界には、ドラゴン種と植物だけの世界だったのじゃからな」


 ヒロトが聞いたこともない事実を、当然のことのように告げられる。ヒロトは息を呑み、慎重に言葉を選んだ。


「……一つ教えてくれ。ダンジョンを攻略することに、なんの意味がある?」

「ダンジョンとは、閉鎖された異世界じゃ。この世界からいける異世界が無数にあるが……この世界から行ける異世界では、一部でしか活動はできん。だが、異世界にしかない物も色々あるじゃろう。それらを持ち帰ることができる」


「そうじゃない。俺たちのメリットじゃない。俺たちをこの世界にさらってきたのがダンジョンを攻略させるためなら、あんたたちがダンジョンを攻略する目的があるはずだ。それを知りたい」


 ドラゴンロード、シモエネラは、長い首を鋭い爪で掻いた。迷っているようだ。しばらく置いて、話し出した。


「それを教えるほど、わしはお前さんを信用しておらんよ。わしらの望みは、わしらが連れてきた人間が、わしらが与えた力を使い、ダンジョンを攻略することじゃ。ダンジョンに行けば、別の異世界になっていることは言った通りじゃ。行った先には、必ずオーブがある。それを壊せば、この世界に戻って来られる」


「異世界に行って……オーブを壊せなかったら?」

「その時は、その異世界からはずっと戻れない」

「……俺たちがいる元の世界には戻れるのか?」

「戻すことはできる。だが、わしらに益のないことをする必要はない。協力を拒むのなら、殺した方が簡単だ」


 ドラゴンは、意図して人間をさらい、無理にダンジョンを攻略させようとしている。ダンジョンは別の異世界だが、それがどんな異世界かもわからないし、オーブを破壊しなければ帰ってこられる保証もない。


 ヒロトは、エドウィンとブルックが体を起こしてヒロトとドラゴンの話しを聞いているのを確信していた。


「エドウィン、ブルック、やるぞ」


 エドゥインが火炎魔法を放ち、ヒロトが風雷魔法を使用する。

 さきほどとは違う。ヒロトの周囲を風が巻き、炎を巻き上げた。

 標的はドラゴンロードではない。


 足元が崩れる。

 ヒロトは、腕を掴まれるのがわかった。エドウィンが合流したのだ。

 3人の勇者は、ブルックが作り出した穴の中で息を潜めた。


 しばらく隠れていると、ドラゴンロードの舌打ちが聞こえ、地響きで体が揺れた。

 ヒロトが地面から顔を出す。

 ドラゴンの姿はない。


「……行ったか」

「そのようだな」


 エドゥィンがヒロトの尻を押し上げ、ヒロトは地面に転がった。疲れていた。

 戦闘と緊張が続いたこともあるし、立て続けに魔法を使用すると、体が重い。


「ヒロト、さっきのドラゴンの話し、どう思う?」


 エドゥィンが聴きながら、ブルックを引き上げていた。


「ドラゴンに協力か? リスクが高すぎる。それに……貴族や、この世界で生まれた転移者たちの子孫はどうなる?」

「ああ。俺もごめんだ」


 ブルックが頷いた。エドゥィンも同意見のようだ。


 ヒロトは森林だらけの世界で、妥当ドラゴンの決意を固めた。

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ドラゴンが支配する異世界に転移した勇者たちは、逆らうことにしたようです 西玉 @wzdnisi2016

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