第4話 オーガの群れとオーガロード

 狭い集落だ。

 飛び出してきたオーガたちとヒロトたちの間に、それほどの距離はない。


「風雷魔法レベル3」

「火炎魔法レベル5」

「土木魔法レベル4」


 ヒロトとエドウィン、ブルックの魔法が同時に、別方向に飛んだ。

 ヒロトの魔法である雷に打たれた一体が倒れる。

 エドウィンの魔法に一体が炎に包まれる。


 ブルックの魔法に足元を崩されて転倒する。

 それ以外のオーガたちが、ヒロトに達した。棍棒とも言えない、折り取った木の枝をヒロトに向かって振り下ろす。


 生命魔法をタップする。レベルは8だ。

 オーガの振り下ろす枝を腕で受け、跳ね除ける。その腕をそのまま前に突き出した。

 オーガの腹部に拳がめり込み、肉と骨を砕いた。


 オーガが絶叫する。腕が抜けない。再び生命魔法をタップする。

 別のオーガの拳が頭上から振り下ろされた。

 スマホ型装置を握る手で弾く。


 背後から蹴飛ばされた。

 意識が遠のく。


「火炎魔法レベル5」


 ヒロトの背後で炎が上がる。

 ようやくオーガの腹のなかから腕を引き戻し、ヒロトは地面に伏せながら振り向いた。

 燃え上がるオーガにエドウィンが捕まれ、宙吊りにされていた。


「風雷魔法レベル3」


 風が渦巻き、雷が走る。

 オーガの心臓が止まる。

 エドウィンが投げ出された。

 ヒロトの上に、影が落ちた。オーガの足の裏が見えた。


「土木魔法レベル4」


 ヒロトの横に、足が落とされる。ヒロトが転がってかわすと、足を下ろしたオーガは、下半身の全てが土に埋まっていた。

 ヒロトが体を起こした背中に、ブルックがぶつかる。


「このままじゃ不味い。魔法を一斉に放って離脱しよう」

「ああ。そうだな。エドウィン、逃げるぞ」

「……わかった」


 オーガに弾き飛ばされたエドウィンが答える。

 再び3人で、最もレベルが高い魔法を放つ。

 その直後、全員で生命魔法をタップした。


「ブルック、一番近い地下道は?」

「こっちだ」


 生命魔法で脚に意識を向けると、脚力が増大する。

 元の世界なら、短距離の世界選手権に出られるほどの脚力を一時的に手に入れ、3人はオーガの群れから離脱した。


 集落の残骸を抜けて、ブルックが指差した方向に走る。

 森に入った。

 一気に走り抜けようとした。


 だが、森の中にあぐらをかいて座っていた巨大な影に、3人の勇者は固まった。

 座ったままで、オーガたちと同様の体躯がある。

 筋肉は恐竜のように肥大し、頭皮を長いツノが破り、唇が長い牙で裂けている。


「オーガが群れるはずがない。いるとは思っていたが、方向がわるかったな」

「いや……ヒロト、この方向に逃げるとわかっていたんだ。誘導されたんだろう」


 エドウィンが暗い声を出す。


「やるしかないだろう。オーガロード……こいつを倒せば、この辺りの魔物はしばらく大人しくなるはずだ」


 ブルックの言葉にヒロトもエドウィンも頷いたが、自信があるからではない。

 ほかに選択肢はない。3人とも、それを知っていたのである。


「誰かが、正面から戦う。2人は魔法で援護……直接戦った奴が限界になったら交代する。これでどうだ?」

「これと一対一か……生命魔法を使用したとして、相手にできるか?」


 ヒロトの案に、エドウィンが疑問を述べる。


「できなければ皆殺しだ。黙って逃してくれるはずがない」

「ああ……俺たちをここに誘導したんだろうしな」


 ブルックも、オーガロードの前に誘導されたのだと感じていたのだ。

 ヒロトは頷く。


「最初は俺からだ。援護を頼む」

「わかった。死ぬ前に交代しろよ」

「ああ」


 ヒロトは、一人で巨大なオーガロードの前に立った。

 座った状態で、3メートルほどの体躯がある。

 ヒロトは生命魔法をタップした。


 足に力を込める。

 飛び上がり、オーガロードの顔面に拳を繰り出した。

 オーガロードの横面に拳が沈む。


 ヒロトは落下する前にオーガロードの髭を掴んだ。

 ぶら下がり、むき出しの胸板を蹴りつける。

 オーガロードの全身が燃え上がった。エドウィンの援護だとわかっていた。


「ゴルウァァァァ!」


 今まで、まるで興味がないかのように動かなかったオーガロードが咆哮した。ヒロトが落下する。掴んでいた髭が燃えたのだ。

 オーガロードの目がはっきりと開いた。


 赤く血走った目が、ヒロトに向かう。

 今までは寝ていた。ヒロトはそう感じた。

 オーガロードが、あぐらを組んでいた足を立たせた。


 力を込めるのがわかった。

 立ち上がる。

 その瞬間、オーガロードの足元の地面が凹んだ。ブルックの援護だ。


 オーガロードが驚いて立ち止まる。だが、それだけだ。

 ヒロトはさらに生命魔法をタップし、立ち上がり、地面に飲み込まれたオーガロードの足を全力で蹴りつけた。


 並みのオーガであれば、レベル8の生命魔法で強化された力で蹴られれば、骨が砕ける。

 だが、ヒロトは巨大な岩を蹴りつけたような感触を覚えた。


「ヒロト、交代だ」


 エドウィンの声が響く。ヒロトは後退した。まだ早い。そうは思ったが、エドウィンの足音が背後で聞こえていた。議論している時間はない。

 ヒロトは、後退しながら指の位置を装置の生命魔法から、雷雲魔法に切り替えた。


「風雷魔法レベル3」


 ヒロトの雷がオーガロードを貫く。

 オーガロードがヒロトを睨んだ。その横顔をエドウィンが蹴りつけた。

 石の礫が、オーガロードに降り注ぐ。


 エドウィンが捕まった。振り回される。

 ヒロトがさらに風雷魔法を使用する。

 ヒロトの背に、ブルックが語りかけた。


「無理だ。全滅する」


 ヒロトも同じ気持ちだった。だが、エドウィンは挑んでいる。


「エドウィンを見捨てるのか?」

「全滅するよりはましだ」


 ヒロトが言い返そうとした時、つかまれて振り回されたエドゥィンが、2人に叩きつけられた。

 ヒロトはエドゥィンを受け止める。

 エドゥィンは気絶していた。


「もう無理だ」


 ブルックは呟いた。ヒロトは、エドゥィンを見捨てられなかった。

 気絶しているのを起こすのは簡単だ。

 魔法画面の精神魔法をタップし、エドゥィンに使用した。精神魔法もレベル8だ。エドゥィンは飛び起きるように目覚めた。


「ヒロト、状況は?」

「最悪だ……次だ」

「俺か? お断りだ」


 ブルックは、次に直接対決を挑むように言われたのだと理解し、首を振った。

 オーガロードが地響きをあげて近づいてくる。目の前だ。


「次だ」

「嫌だ」

「わかっている。次の作戦だ」


 ブルックに答えた。エドゥィンが目を丸くする。


「作戦? どんな?」

「まだ試していないだろう。これだ」


 エドゥィンを目覚めさせた。ヒロトは、それで思いついた。画面を2人に見せる。


「精神魔法? それは、人間には有効でも、魔物にはほどんど意味がないだろう?」

「3人で使えばどうだ?」

「……確かに……今まで試したことはない。それに、精神魔法は離れた相手にも使える」


 オーガロードがヒロトに向かって手を伸ばす。ヒロトは、その手につかまった。


「いいな。3人だ。同時にやる。ブルック、お前に合わせる、合図しろ」

「なんで俺?」

「ブルック!」


 驚くブルックに、エドゥィンが気合いを入れる。

 ブルックが怒鳴った。それが合図だった。

 ヒロトが、指を当てたままだった精神魔法をタップする。


 オーガロードの脳に向かい、精神魔法を放った。

 エドゥィンとブルックも、同じことをしているのだと疑わなかった。

 ヒロトの体が握りつぶされる。


 その寸前、オーガロードの表情が消えた。

 オーガロードの体が、なんの動きもみせず、ただ背後に倒れる。

 ヒロトの体が投げ出された。

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