第3話 勇者、共闘

 会議が終わり、勇者であるヒロトは集会所を後にした。

 地下道を抜けて外に出る。

 地下道はかなり長く続いている。


 地下道には、魔物は出ない。

 貴族たちは地下道を使って帰るだろう。

 勇者であるヒロトが、あえて危険な外に出たのは、力を試すためと、魔獣を狩ることで次の取引の材料を確保するためである。


「おい、ヒロト、一人で行かないで、たまには一緒に狩ろうぜ。ブルックもいる」


 ヒロトが外に出て暖かい日の光を楽しんでいると、背後から声をかけられた。

 集会所から一人で出てきたと思っていたが、ほかの二人の勇者も付いてきたらしい。


「俺たちが力を合わせるような魔獣が、この辺りにいるか?」


 この世界には、人間の脅威となる様々な魔物、魔獣がいる。だが、ヒロトもエドゥンも、勇者歴は長い。

 取引を繰り返して、魔法の種類もレベルも、転移したばかりの頃とは比べ物にならない力を得ている。


「さっきの貴族が言っていただろう」

「まさか、ドラゴンソルジャーに挑むつもりか?」

「いや、マーレシアの方じゃない。貴族キサラは、このあたりを領地にしている。集落が次々に、オーガに潰されていると言っていたじゃないか」


 言ったのは、エドウィンではない。さらにその後から姿を見せたブルックだ。


「……ドラゴンソルジャーには、勝てないだろうな」


 ヒロトのつぶやきに、エドウィンが反応する。


「挑むか?」

「……そうだな。だが……オーガを倒してからだ。ドラゴンソルジャーを見つけるのは簡単だ。なにしろでかい。オーガは……俺たちでも一人では手に余る。3人でもし、苦もなく倒せたなら……挑んでみるのも面白いだろうな」


 ヒロトの答えに、ブルックは頷いた。


「場所は聴いている。3日前に襲われた集落が近くにあるはずだ。行ってみよう」

「ああ……そうだな」


 ヒロトは首肯し、ブルックの先導に従った。


 ※


 移動すること2時間で、3人の勇者は崩壊した集落に到着した。

 木々が密集した深い森の中だ。2時間移動したといっても、それほど遠かったわけではない。


 勇者として魔法の力を集める人間に選ばれた。選んだのは、同じ立場の転移者たちである。転移者たちが相談して、誰に魔法の力を集めたら生き延びられるか、ドラゴン族を妥当できるか相談し、選ばれたからこそ、勇者となったのだ。


 身体能力は、もとより常人より高い。

 森の中の移動も早かった。だが、だからといって極端に人間の持つ能力を逸脱しているわけではない。

 魔法を使用できるだけの、ごく普通の人間なのだ。


「なるほど……これは酷いな」


 ヒロトは、集落があったと思われる場所に到着し、破壊された木片を見つめた。

 この世界には村もない。集落は大きくない。それでも、数件の民家が肩を寄せ合うようにひしめき、互いを守りあっているのが普通だ。

 建物は、全て木片になっていた。


「人間は全滅か?」


 エドウィンは、魔法を使うための装置を取り出しながら言った。

 この中では、生命魔法を限界のレベル10まで所持しているのはエドウィンだけだ。


 生命魔法は、使用すると自分や他者の肉体能力を向上させることができる。

 筋力だけでなく、知覚や聴覚も同様だ。

 エドウィンが魔法を使用して調べるつもりなら、邪魔はしない方がいいだろう。


「この近くに、地下道は通っていないのか?」

「俺は、この集落のことは知らない。土魔法で調べてみるか」

「ああ。頼む」


 ブルックは、ヒロトが持っていない土魔法を持っているらしい。

 土魔法は土に働きかけて情報を得る能力だと言われている。極めれば、地震を起こせるのではないかという推測もされているが、土魔法のような固有魔法を限界まで極めるのは、土魔法を持った転移者を10人集めて、全員から魔法を奪わなくてはならない。


 それは、非常に時間がかかる、難しいことなのだ。

 2人に調査を任せ、ヒロトは破壊された集落に脚を踏み入れた。


 ※


 集落だった場所は、丸太を組み合わせて作った家々が崩壊し、瓦礫となっていた。

 ヒロトはスマホ型の装置で、魔法を使用する。

 瓦礫に触れ、重力魔法を使用する。


 レベルは1のままで、これから上がっていく見込みもないが、便利な魔法だ。数人がかりで持ち上げる丸太が、わずかでも軽くなったのを感じる。

 効果が切れる前に、生命魔法をタップし、腕に力を込めると、片腕でも数本の丸太が持ち上がった。


 ヒロトは丸太を持ち上げ、その下に、潰れた人間の死体を発見した。

 すでに腐り、蛆虫に食われて性別もわからない。

 ヒロトは、静かに丸太を下ろした。


「何か見つけたか?」


 耳に意識を集中させているらしいエドウィンが尋ねた。


「……死体だ。かなり古い」

「なら、生存者はいないだろうな。時間がたちすぎている。地下に逃げ込んでいればいいが」


「ああ……地下に逃げたのなら、俺たちの出番はないだろう。エドウィン、オーガの痕跡は探せないか?」

「狩るのか?」

「はじめから、それが目的だろう?」

「そうだな」


 再びエドウィンが、耳に意識を集中させた。

 ブルックが近づいてくる。


「どうだった?」

「この近くには、地下道は通っていないな。オーガから逃げていれば、地下への入り口にたどり着いた可能性はあるが、俺たちにできることはない」


「ああ」

「……いるな。近いぞ」


 ヒロトの声と、エドウィンのつぶやきが重なった。


「距離は?」

「いや……囲まれている」


 エドウィンが閉ざしていた目を開けた。


「囲まれた? どこだ?」

「この集落だった場所を囲む森の中だ。たまたまか、俺たちがくるのを待っていたのかはわからない」


 エドウィンが、瓦礫の上に立って周囲を見回した。

 集落があった場所は切り開かれているが、その周囲は木々が密集して生えている。

 光も届かないほどの暗闇だ。


 見通しは効かない。

 だが、ヒロトも生命魔法をタップした。目に意識を集中させる。


「オーガか……不味いな。群は想定していなかった」


 木の陰に隠れてこちらを伺っている、角を持った巨大な人形の魔物がいる。

密集してヒロトたちを睨みつけている。


「オーガって、群れるのか?」

「わからないな。聞いたことはないが……」


 ブルックの問いに答えながら、ヒロトは装置に表示された魔法を凝視した。


「……獣とは違う。交渉できると思うか?」


 エドウィンが尋ねた。

 同時に、木々の間の隠れたオーガが、何かを投擲した。

 ヒロトに向かって飛んできた塊を、ヒロトは脚で蹴り返す。


 非常に重い物体が転がった。

 人間の頭部だった。腐って目玉はなくなっている。


「その気はなさそうだ」

「くるぞ」


 ブルックが叫ぶ。オーガたちが雄叫びをあげ、森の中から飛び出してきた。

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