第2話 交渉

 この世界に連れてこられた人間は、スマートフォン型の装置を与えられ、生命魔法、精神魔法、その他の魔法を使えるようになる。

 魔法にはレベルが存在し、レベルが上がれば威力も高くなるものだと思いがちだが、繰り返し使用することでレベルが上がるのは精神魔法と生命魔法だけだ。しかも上限がレベル2であり、その他の魔法はレベルが上がらない。


 村を作るほどの文明も発展させられず、この世界に存在する凶暴な魔物や魔獣に、異世界から転移して来た人間たちは簡単に殺された。

 その状況が少しでも変わったのは、どこからか、スマートフォン型の装置を接続する装置がもたらされた以降である。その装置により、持っている魔法のやりとりができるようになったのだ。


 接続する装置はタブレット型の端末に似ているが、この世界の人間たちがつくれるものではなかった。

 ただ、もたらされたのだ。


 魔法の譲渡によって、生命魔法と精神魔法が上限のレベル2を超えられることが判明したし、その他の固有魔法は、レベルはただの表記だけで上のレベルは存在しないと思われていたが、同じ魔法を譲渡されることでレベルが上がることも判明した。


 スマホ型の装置と接続し、魔法の力を譲渡する装置は、転移した人間たちにはもたらされず、その子孫たちが手にしていた。

 その装置を持つ人間たちは貴族と呼ばれ、自分の領地に転移者があられると、魔法を譲渡させるために接触する。


 魔法を奪われた人間は魔法が使用できなくなるが、生命魔法と精神魔法だけは、譲渡された後もレベルがリセットされるだけで失われることはない。

 転移者から能力を奪い、奪った能力は、特定の転移者に譲渡される。


 その特定の転移者は、勇者と呼ばれるのだ。

 この世界に転移した人間たちは、この世界の支配者がドラゴン族であることを知ることになる。


 強さも知識も、他の種族を圧倒しているからだ。

 この世界から元の世界に戻るためにも、この世界で文明を築くためにも、ドラゴンは倒さなければならない。


 人間たちはそう考えた。

 だから、一部の人間に能力を集めた。

 ドラゴンを倒すためである。


 未だ、ドラゴンを倒すにはいたらない。だが、それ以外の魔獣を倒すことはできるようになった。

 この世界は、生きることすら過酷で、食料の確保は最大の懸念である。


 魔法の譲渡装置を持つ貴族たちと、食料の代わりに能力の譲渡を受ける勇者は、互いの利益のために、定期的な会合を設けることになっていた。


 ※


 勇者たちと貴族で、情報を交換した。

 勇者たちの情報は、この世界の魔物の出現情報が主であり、貴族の情報は領地内に現れた転移者の報告だ。


 貴族が会合の場に現れた段階で、領地内に転移者が現れたのだと知れる。仮に転移者から魔法を奪えなかったとしても、勇者の協力をあおげば転移者を捉えるのは簡単なのだ。

 貴族の一人、マーレシアという名の細く美しい女が口を開いた。


「私の領地に、転移者が現れました。生命魔法レベル2、精神魔法レベル2、火炎魔法レベル1です」

「……ほう。頑張ってマーレシア殿のところにたどり着いたか。正確にレベルを知っているってことは、例の装置に接続したんだな?」


 ヒロトが尋ねると、マーレシアは続けた。


「魔法を奪い、私の護衛に譲渡しました。その転移者は、私の護衛として契約しています」

「魔法は全て奪ったのか?」


「そうですね。生命魔法レベル1、精神魔法レベル1、固有魔法無しとなっているはずです」

「根こそぎか……そこまでされて、よく護衛の契約をしたな。よほどのお人好しか?」


 エドウィンが笑った。この中では一番勇者としての経歴が短いブルックが口を開いた。


「自分の護衛に力を渡したのか……それも必要なことだろうが、全ての魔法の力をくれてやったのか? その護衛とやらは、勇者にはならないのか?」


「勇者にはならないでしょう。私に心酔していますから。貴族という名称だけで、特別な存在だと思う程度には、平和な国から来たようですよ」

「……ふむ。では、マーレシアは今回、交渉材料なしか?」


 ブルックに言われて、美しい貴族は首を振る。


「私が魔法を奪った転移者には、目的がありました。魔法を奪われながらも、私と契約したのはそのためです。この世界で、好きな女ができたとか」

「ふん。ということは、その転移者は男か。それがどうした? この世界は生きるだけでも難しく、娯楽には乏しい。男と女がいれば、すぐに馴染むだろう」


「好きな女を追っていました。その女は、ドラゴンソルジャーに買い取られたはずです」

「なんだと」


 ヒロトは腰を浮かせた。エドウィンに諭され、腰を下ろす。

 ヒロトは尋ねた。


「それで、どうなった?」

「ドラゴンソルジャーを追っていきました。契約者が死ねばわかります。ですが……まだその転移者は死んでいません」


「どれぐらい前の話だ?」

「以前の世界基準で、一月ほどでしょう」

「生き残ったということか? ドラゴンに挑んだんじゃないのか?」


 ヒロトの肩を、エドウィンが叩く。


「ドラゴンソルジャーに挑んだとは限らない」

「……まあ、交渉もできる相手だ。で、現在はその男はどうしている?」


 ブルックが改めて尋ねると、マーレシアは首を振った。


「とても遠いところにいる。それ以上はわかりませんね」

「ドラゴンソルジャーは、ドラゴン族の中でも破格の大きさを誇る。強さもずば抜けているだろう。そのかわりに、人間と取引しながら、各地を巡回している。まだその転移者が死んでいないというのなら、ドラゴンとどんなやりとりをしたのか、聞いてみたいものだな」


「名前は?」

「ソウジといいましたか」

「……ふむ。わかった。その情報に対して、俺はこれを支払う」


 ヒロトは言うと、担いできた魔獣の肉をマーレシアに差し出した。


 ブルックは貴族キサラと取引をしていたようだが、その内容はヒロトの耳には入っていなかった。進行役といっても、すべてのやりとりを把握できる立場ではないのだ。

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