ドラゴンが支配する異世界に転移した勇者たちは、逆らうことにしたようです

西玉

第1話 異世界の勇者たち

 遠藤ヒロトは、この世界ではヒロトと呼ばれている。

 勇者だ。

 現代社会からある装置を介してこの異世界に来た者は多い。その装置はゲーム機械である場合もあれば、変身セットである場合もあり、時にはバーチャル体験装置であることもある。


 この世界に来るとき、必ず手にスマートフォンに似た装置を握っており、画面にはただ3つだけアイコンがある。


 1つは精神魔法、精神に介入し、操る力だ。

 1つは生命魔法、生命に介入し、操る力だ。

 1つは、ランダムで与えられる。火炎や水流、土木、風雷といった力が知られているが、ヒロトの装置には重力魔法が入っていた。


 レベル設定もあるらしく、この世界に転移した当初は、全てレベル1と表記される。

 ヒロトは、小さな洞窟の中で、スマートフォン型の装置を取り出した。


 画面を眺める。

 精神魔法レベル8、生命魔法レベル9、重力魔法レベル1、火炎魔法レベル2、風雷魔法レベル3と並んでいる。


 魔法は経験を積むことでレベルが上がると勘違いする者は多い。実際には、ど精神魔法と生命魔法はどれだけ経験を積もうがレベル2までしか上がらず、他の魔法に至っては、レベルは上がらない。

 あげる方法が一つある。同じ装置を持っている他者から奪うことだ。


「ヒロト、ここにいたか」


 洞窟で寝転んでいたヒロトに声をかけたのは、やはり勇者と呼ばれる男だ。名をエドウィンという。


 やはり現代社会から転移した者だ。そうでなければ、スマホ型の装置を所持していることはない。どこの国出身かわからないが、金髪に白い肌は、元の世界では白人と呼ばれる人種だったのだろう。


「集会の時間か?」

「ああ。交換があるはずだ」

「そうか……なら、俺たちも獲物を差し出さないとな」


 ヒロトは立ち上がり、洞穴の奥に隠しておいた大量の魔獣の死骸を持ち上げた。


「多いな」

「珍しい能力が提供されるなら、オークションということになるだろう。元の世界なら貨幣で済んだんだろうが、この世界には村もない。能力と物との交換だ。エドウィンだって、準備してあるんだろう?」


「まあな。だが、生命魔法も精神魔法も、レベル10が上限のようだ。俺はもう、上限まで達している。狙ってとるような珍しい能力は、取得した後のレベルが上げにくい。そろそろ、引退も考えている」


「……そうか。エドウィンの能力は譲渡するのか?」

「いずれはな」

「あるいは、ドラゴンに挑むか……か?」

「その時が来たらな」


 ヒロトは自分の根城にしている洞穴にしまいこんでいた大量の食料を担ぎ、エドウィンと集会がある場所に向かった。

 ドラゴンというのは、現代社会では伝承でしか語られない、翼を持った巨大なトカゲだ。


 この世界の支配者でもある。

 ヒロトたちは、ドラゴンにこの世界に連れてこられたと信じている。

 ヒロトたちが勇者と呼ばれ、力を高め合うのは、ドラゴンを倒そうとする目的のためである。


 この世界の支配者であるドラゴンを倒そうとする勇者は、この世界の人間たち以外からは、疎まれる存在だった。


 ※


 この世界は、現代社会から隔絶された異世界だ。

 人間の集落は存在するが、人間の街は存在せず、村と呼べる規模のものも存在しない。


 この世界の人間は、ヒロトのように現代社会から転移させられた人間か、その子孫である。

 現代社会から転移した者は、必ずスマートフォンに似た装置が与えられる。だが、この世界で産まれた子どもたちには、それは与えられない。


 ヒロトたちは、現代社会からさらわれた孤児で、さらった張本人である、この世界の支配者ドラゴンを倒そうとしているのだ。

 ヒロトはエドウィンとともに、地下会議場を訪れた。


 この世界に村はない。人間を餌とする多くの魔物がおり、転移したことにより魔法を扱える者でさえ、この世界に馴染めずに簡単に死ぬ。なんら道具もなく、文明を再興するには、あまりにも命が短いのだ。


 だが、人と人との交流は存在した。

 それを可能としたのが、長い時間をかけて作られた地下の通路だ。

 この世界のかなりの部分が、地下通路で結ばれている。


 長い時間をかけ、人間たちが作り上げたもので、幸いにも、この世界の魔物たちは、地下に巣食うという発想がなかったらしく、地上よりずっと安全なのだ。

 その地下道を通り、ヒロトとエドウィンは地下道の随所にある広間に到着した。


 定期的に、ヒロトのような勇者が、情報交換と取引に集まる習慣になっていた。

 ヒロトとエドウィンが会議場に入ると、すでに参加者たちは円形に並べられた椅子に腰掛けている。


 椅子の素材は、切り出された丸太だ。

 明りはない。


「これで全部か?」


 ヒロトが見回した。ほとんど真っ暗のため、何人いるかもわからない。


「まだ来るかもしれないが、始めていよう」

「わかった。エドウィン、頼む」

「ああ。光源魔法レベル3」


 エドウィンが手元の装置をタップすると、広場の中央に光が灯った。

 光源魔法は、名前の通り光を灯す魔法である。使い勝手はいいが、使い道が限られている。

 魔法の名前を呼ぶ必要はないが、明かりを灯すことを知らせるために、エドウィンはあえて魔法名を口にしたのだ。


「今日は5人か……勇者3人に、貴族が2人……交換の条件はそろうな」


 勇者というのは、転移した者たちのうち、ドラゴンを倒すために力を集める者である。

 貴族とは、勇者に集めるための力を、各地を回って調達する者たちのことだ。


 ほとんどは転移した人間の子孫で、自らは魔法を使うための装置を持っていない。

 貴族はこの世界のどこまでも自由に往来するのではなく、決まった領域があり、互いの土地には会議の時以外は入らないことになっている。自らの縄張りを持つ人間という意味で、貴族と呼んでいるのだ。


 ヒロトが交換の条件はそろうと言ったのは、会議の主な目的は、貴族が集めた力を、勇者に譲渡することだからだ。

 つまり、勇者と貴族の両方が集まらないと成立しないからである。


「勇者は俺とエドウィンとブルック、貴族はマーレシアにミサキか。議長は俺でいいか?」


 ヒロトが言うと、全員が同意した。正確には、反対が出なかった。

 ヒロトは、そのまま会議を仕切る。

 勇者たちが、遭遇した魔物の数と種類、討伐数と魔物の肉の譲渡先を報告し、貴族たちがこの世界に転移してきた人間たちの情報を教える。


「では、次は取引だな。俺の交渉材料は、仕留めた魔物たちの肉だ。ここにある」


 ヒロトは、自分の背後を指差した。自分の住む穴蔵から掘り出してきた保存食だ。

 ヒロトに促され、エドウィンが口を開く。


「俺は、今回はいい。ブルックはどうする?」

「ここにある」


 勇者ブルックは、背後から四角いケージを取り出した。


「は、放してください。こんなことをして、ただで済むと思っているんですか?」


 ケージの中の者が抗議した。


「魔物だが……カエルだ。手足を切っても復元するし、美味いぞ」


 ブルックが笑うと、ケージの中にいた、子犬ほどのサイズのカエルが、ぶるぶると震えた。

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