14 戦いに向けて
夜明け前、サウスレガロの拠点に戻ったリュウは情報局に顔を出した。
情報局では、先の面々がリュウの帰りを見計らって集まっていた。
「ご苦労だった、リュウ。で、どうだ?」
「はい、協力してくれるそうです。ミルク、再生してくれる?」
「はい、ご主人様」
セグ大佐に短く答え、ミルクに指示を出すリュウ。
ミルクはその場で、録音していたリュウと星巡竜とのやり取りを再生する。
「うん、上出来だ。それにやはり君は星巡竜の子供に連れて来られたのだな……」
「そうみたいです」
「これから私と司令は、アーメルの本部に行ってくる。後の事はロダ少佐に任せてある」
「はい」
「遅くとも夕刻には戻る。 それまでは……済まないが、心の準備をしておいて欲しい」
再生される交渉内容に満足するセグ大佐であったが、リュウがやはり別の星から来た事が分かると、リュウに小さく頭を下げてホルト司令と出て行った。
「リュウ、レジスタンスでもない君を巻き込んで済まない。私からも謝罪するよ」
「いえ、そんな。いいんですよ。巻き込まれたのはレジスタンスのせいじゃありませんし、友達を助ける為ですから」
セグ大佐らが出て行った後、ロダ少佐から謝罪されるリュウだったが、そのお蔭で心の準備が出来てしまっていた。
そう、リュウは戦いに
「そうか、ありがとう。私の第一小隊が全力でサポートするよ」
「はい、心強いです」
ロダ少佐は心を決めたらしいリュウの表情を見て、頷くと右手を差し出した。
リュウはこんな兄さんがいたらなぁ、と思いながらロダ少佐と固い握手を交わす。
「わしも付いて行ってええんじゃろうな?」
空気になっていたドクターゼムが、そこに割り込んで来た。
「ドクターがですか? いや、それは許可されないのでは……」
「研究施設の事はわしが一番良く知っておる。連れて行って損はないぞ?」
予想していなかった事態に困惑気味のロダ少佐に、ドクターゼムは自身を売り込む。
「しかし戦闘が……」
「それはお前さん達の仕事じゃろう。わしは大人しく荷物になっておるから、そこまで運んでくれればええ」
困惑するロダ少佐を無視して言いたい事だけを言うドクターゼムは、やはりマッドサイエンティストみたいだ、とリュウは思った。
「私の一存では決められませんので、夜に司令が戻るまでお待ち下さい」
「まぁ、仕方ないの。よろしく頼むぞ少佐。是非わしが行ける様に取りなしてくれ」
「は、はあ……」
二人のやり取りを横で見て「頼りになる兄さんとマッドサイエンティストの戦いはこうして幕を閉じたのであった」とリュウは一人勝手に心の中でモノローグするのであった。
自室に戻り少し仮眠を取ったリュウは、ドクターゼムの部屋に呼ばれていた。
「さて、小僧。昨日ミルクが見つけた小竜の居場所が変わっていなかったとして、何か策が有るのかの?」
「いえ。ただ、ヨルグヘイムがそこに居れば、突入すら無理だとしか……」
「そうじゃろうな。では、ヨルグヘイムが居なかったらどうなんじゃ?」
「え、それもまだ何も……ロダ少佐頼みです……」
ドクターゼムに問われて、何も答えを持ってないリュウは、恥ずかしくても素直に答えるしかなかった。
「ま、そうじゃろうな。ではミルクはどうかの? 昨日軍のネットワークで見たのは小竜の居場所だけか?」
「いえ、施設の見取り図や警備兵の配置や武装など色々漁りましたけど、どれも安全性に欠けるので、実行は難しいかと……再度チェックするつもりです」
昨日ミルクが軍のネットワークに介入して、アイスの情報を探していたのはリュウも当然知っていたが、それ以外にもミルクが色々と情報を調べていた事に、リュウは少なからずショックを受けていた。
リュウは実際にはミルクが探すにしても、言葉通りにアイスの居場所を探す事しか頭に無かったが、ミルクは軍のネットワークに侵入するのだから見られるものは全て見るつもりだったのだ。
ミルクの頭の良さは認めているリュウだが、自分がその欠片すら思いつかず、他人任せにしていた事が恥ずかしく、腹立たしい思いが込み上げてくる。
「ふむ。まだまだじゃな。もっと発想を広げんといかんぞ」
「は、はい。もっと勉強します……」
その頭の良いミルクが説教され、返事も心なしかしょんぼりしているのを見たリュウは、恥ずかしさも腹立たしさも霧散して、真っ白な灰になりそうである。
「そこでじゃ、これを見てみい」
「これは、都市計画図ですね……しかもかなり古い……あっ!」
ドクターゼムに示されたモニターの図面を見て、ミルクが何やら気付いた様だが、リュウにはそれが何かよくわからない。
真っ白な灰が風で飛んでいきそうである……。
「気付いたか? これには地下を通るライフラインとその点検用通路が載っておる」
「あー、この太い線が……あ! 建物の真下を通ってる!」
ドクターゼムに説明されて、ようやくリュウにも意味が分かった。
頑張ってこれまでを挽回する様に、ミルクに言われる前に叫ぶ!
ミルクはとっくに気付いていたが、主人の名誉のために黙っていた。
ミルクは「できるAI」なのだから。
「正解じゃ。小僧と生まれたてのAIでは心許なかったんでな、調べておいたんじゃ」
「マジで!? すげえ、さすがマッドサイエンティスト――」
「誰がマッドサイエンティストじゃ!」
正解の言葉を頂き舞い上がるリュウは、つい心の声を口に出し、余計な事で怒られる。
「ご主人様、浮かれすぎですぅ……」
ミルクの呆れた口調に、しゅんとするリュウ。
その後リュウ達は、アイス奪還に向けてあれこれと準備を進めていくのであった。
大空洞では、アインダークの手にある通信機から新たな音声が流れて来ていた。
「星巡竜様、今よろしいですか?」
「うむ。問題ない」
「私はレジスタンスのセグと申します。明日、夜明けと共に我々は作戦を開始します」
「ふむ」
通信はセグ大佐からであった。
セグ大佐はアインダークらと共闘するにあたり、幾つか事前に話をしておきたかったのである。
「それに伴い、失礼ながら単刀直入に伺いたいのですが、あなた様はヨルグヘイムと戦った場合、勝利できるのでしょうか?」
「なるほど、難しい質問だな、それは」
ヨルグヘイムと敵対する者としては当然の質問ではあるが、最初にその質問をしたところに、セグ大佐の不安が伺える。
対してアインダークの答えは、セグ大佐の不安を払拭するものではなかった。
「と言いますと?」
「我らは生まれながらに体内に力の源であるコアを有しておる。コアは倒して奪う事が出来る。単純に考えれば、コアの多い方が有利となるのだ」
努めて平静を装い続きを促したセグ大佐は、アインダークらよりもヨルグヘイムの方が多くのコアを持っているのだと理解した。
「なるほど……ヨルグヘイムの方がその数が上回っているのですね?」
「個人で言えばその通りだが、妻と共に戦うのであれば同数だ。だが……」
「だが、なんでしょう?」
「連れ去られた我が子のコアが奴に奪われれば、勝てぬやも知れぬ……」
「そ、それでは……もう?」
そして辛うじて保っているであろう均衡が破れようとしている事を知り、セグ大佐の声は冷静さを失っていく。
「いや、まだだ。成人せねばコアに大した力は無い。だがもう時間が余り無い……」
「なんと……」
「そこでお主に頼みがある……」
「お子様の奪還ですね」
冷静さを失っても、セグ大佐は明確にアインダークの意図を読み取っていた。
「済まぬ。我が子が無事であれば、我と妻でコアは三つ。奴と互角に戦えよう……」
「三つ……? 四つではないのですか?」
ここでセグ大佐に疑問が生じた。
エルナダに古くから伝えられるヨルグヘイムの伝説には、三度の星巡竜との戦いの後、惑星ナダムに降り立った、と書かれているからだ。
「いや、三つだ。我が直接目の前で確認したのだからな」
「し、しかし、ヨルグヘイム自らが三度星巡竜を倒したと……童話にも書かれている話なので、子供でも知っております……」
アインダークの言う事が本当であれば、それに越した事はないのだが、セグ大佐は念を押さずにはいられなかった。
「むう……、我が見誤るとは思えぬが……だとしたら、まずいぞ……」
「いえ、我々の伝承が間違って伝わっている可能性もあるでしょう。それよりも今は先ず、お子様の奪還と我々の作戦、星巡竜様解放後の展開などについて協議する方が先決でしょう……」
アインダークが思考の海に沈みかけ、慌ててセグ大佐は話題を転換した。
解放されるまで動けないアインダークと違い、セグ大佐にはやるべき事が山積みなのだ。
アインダークらに関わる作戦の内容を話しながら、その都度合間に助言をもらい、セグ大佐は作戦の確実性を高めていく。
最後にセグ大佐は、この星に生きる者として、ヨルグヘイムの振る舞いを謝して、通信を終了した。
「責められても仕方ありませんでしたのに……立派な方でしたわね……」
「うむ。この借りは必ず返さねばならぬな……」
アインダークとエルシャンドラは、ヨルグヘイムによって歪められたこの星の人々に対し、同族として申し訳なく思うと共に、命を賭してヨルグヘイムを倒す事を心に誓う。
その誓いが果たされるか否か、その結末は神と称される彼らにも分からない……。
アインダークとの通信を終えたセグ大佐は、アーメルのレジスタンス本部に向かう途上でロダ少佐から連絡を受け、自身の作戦を修正、変更していった。
本部には既に主要メンバーが集まっており、ホルト司令とセグ大佐を待っていた。
第一機械化部隊からは、ハイム総司令と副官のエニル大尉、第一から第五までの中隊長。
第二機械化部隊からは、リース司令と情報局のチノ中佐、第一から第五までの中隊長。
これに第三機械化部隊のホルト司令と情報局のセグ大佐を合わせた十六名による、最後の作戦会議が開かれるのだ。
全員が揃うと、挨拶もそこそこに会議はすぐに始められた。
とは言っても既に作戦内容は通達されている為、それぞれの作戦の確認が行われるのみで終わるはずであった。
「総司令、急な事で申し訳ないのですが、私に二十名程貸して頂けませんか?」
「ん? どうするのかね?」
セグ大佐の申し出に、ハイム総司令は少し驚いた様な顔をした。
二十名程の人員を割く事に問題はないが、セグ大佐の増員要請は珍しかったのだ。
「ヨルグヘイム邸から、ヨルグヘイムを引きずり出します」
「何!? 正気か? そんな事をすれば、作戦全体が崩壊するぞ!」
いつもの落ち着いた声で答えるセグ大佐だが、その内容はとんでもなく、思わず叫んでしまうハイム総司令。
「言葉が足らず失礼しました。引きずり出すのは僅かな時間だけです」
「一体、どういう事かね……」
セグ大佐は、小竜奪還の必要性が生じた当初、なし崩し的に周囲の部隊を巻き込むつもりであった為、その事を報告していなかった。
当初は地上部隊による単純な強襲作戦だった為、ヨルグヘイムを遠くまで引き離す必要があったからだ。
情報の漏洩を防ぐ目的もあったが、ヨルグヘイムとの戦闘に巻き込まれるのを、恐れる兵士が続出する事も考えられたからである。
だがロダ少佐からの報告で、旧地下通路の存在が明らかになった。
これならば奪還する僅かな時間だけ、ヨルグヘイムの注意を奪えば済む。
地上部隊は突入の苦戦や、小竜奪還後の囮の逃走を演じれば良い。
しかし今度は人手が足りなくなった、という訳だ。
「実は、ヨルグヘイム邸に星巡竜の子供が捕らえられています。奪還する際の僅かな時間だけ、ヨルグヘイムの注意を引きたいのです」
「作戦に支障は出ないと言えるのかね?」
セグ大佐は、意を決して真実を話した。
その目を見てハイム総司令は、覚悟を決めつつ最後に問うた。
「奪還はすぐに知れるでしょう。そうなればヨルグヘイムはそれを追うはずです」
「なるほど、よく分かった。どうせ全ての戦力を投入する以上、もう後は無いのだ。とびきりタフなのを付けてやろう」
「感謝します」
確信をもって答えるセグ大佐に、ハイム総司令は満足そうに頷くと、自身に言い聞かせる様にセグ大佐への増員を了承した。
セグ大佐は会議の後、ハイム総司令より増員の二十名と最新装備を受領し、ホルト司令と共に本部を後にするのだった。
サウスレガロにあるレジスタンス支部の訓練場では、リュウが滝の様な汗を流していた。
「ぜは~、ぜは~」
「大したもんだな、リュウ! まさか五人掛かりで捕らえられんとは!」
「ぜは~、ぜは~」
「さすがに、喋る余裕は無いか、わはははは!」
リュウは自らドッジ中尉に頼んで、実戦形式の訓練を願い出ていた。
同行はしても戦闘に参加するとは聞いていなかったドッジ中尉だったが、リュウの「万が一の時の為に、自分も訓練して慣れておきたい」という言葉に、快く引き受けてくれたのだ。
最初は一対一の格闘訓練から始まった。
リュウにとっては嫌な思い出しかないが、ケンカの場数はそれなりに多く、殴られるのにも多少は慣れていた事から、ミルクのサポートがあればそこそこ戦えるのではないかと内心わくわくしていたのだが、結果は散々なものであった。
リュウがメインで戦う以上、躊躇や怯みで動きが鈍り、ミルクがどんなにサポートしても、攻撃になかなか移れない為である。
よってリュウは、ミルクの優秀なサポートによって大きなダメージを受ける事が無いまま、ひたすらドッジ中尉の攻撃を受け続ける羽目になったのである。
リュウがまともに戦えるようになるには、まだまだ経験が必要なのであった。
因みにミルクに頼んでリュウの運動神経をミルクに預けたところ、ミルクは完璧にリュウの体を操って見せた。
自分がとんでもない動きでドッジ中尉を追い詰める様子を、体の感覚が消失した状態で見ているだけのリュウは、その後それはそれは落ち込み、ミルクは必死で慰める羽目になった。
その後も色々と指導を受け、今は5人が模擬弾で攻撃してくる中を、遮蔽物を利用しながら目的地まで脱出する訓練を終えたところである。
例によってリュウがメインでミルクがサポートという立ち回りだったが、ミルクが視界に攻撃予測表示を行っていた為、リュウは一発も被弾する事無く、無事ゴールに辿り着いたという訳である。
「これだけ動ければ、文句ないぞリュウ。実戦でも常に周囲に気を配るんだぞ」
「わか……り、ました……はぁはぁ……」
リュウは達成感を味わう余裕もなく、ただただ荒い呼吸を繰り返す。
見かねたミルクが人工細胞を使って予備の心肺機能を形成して機能させると、あっという間に全身に酸素が行きわたり、リュウは落ち着きを取り戻す。
「ふう……楽になった……サンキュ、ミルク」
『どういたしまして、ご主人様』
「これ、最初からやってくれてたら、良かったんじゃねえの?」
『それだと、その他の機能が低下することになりましたけど、いいんですか?』
「よくない……でもこれ以上細胞増やすのもなぁ……」
『ミルクはムキムキのご主人様も素敵だと思いますけど?』
「やだよ、そんなの……」
そんな会話をしていると、ロダ少佐からホルト司令達が帰って来たとの通信が入った。
「ヘッドセット無しで、色々見れたり、通信聞けたりするのは便利だよな」
『お役に立てて何よりですぅ、ご主人様ぁ』
「お、初期のミルクだ。たまにはこういうのもいいな……」
傍から見ていれば、ただ独り言を呟いてる危ないリュウは、ニヤけた顔のまま呼びつけられた食堂に向かう。
作戦開始まで約半日、ここにはまだ平和な時間が流れていた。
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