15 心の構築
食堂では全員が集まっていた。
いつもは皆自由な席に座って食事を摂るが、今回はその前に作戦会議がある為、作戦に則した席になっていた。
六人掛けのテーブルが、三人ずつ背中合わせになる形で六卓。
セグ大佐がそれを左右に三卓ずつ見る形で立ち、その奥には同じ形で四列、全部で三十卓。
セグ大佐から右二卓、二列にはハイム総司令から預かった二十名が座っている。
中央二卓、二列にはロダ少佐の部下十八名、その隣の一卓にはロダ少佐、ドクターゼム、リュウの三名が座り、残りは全て空席だ。
ホルト司令はセグ大佐の横で椅子に腰掛けている。
「さて、諸君。いよいよ明朝、我々の最後の戦いが始まる。三ヶ月前にカタカルの第四機械化部隊、一ヶ月前にノースレガロの第三機械化部隊を失った我々には、三千強の戦力しかない。だがそれは気にするな。お前達にはお前達の戦いがある。これより説明する」
セグ大佐の落ち着いた声が、しんと静まった食堂に響く。
誰一人物音も立てず真剣な表情の中、リュウだけが一人、脳内でミルクと会話していた。
『やべえよ、ミルク! すげえ緊張してきた……』
『ご主人様、しっかりして下さい。ミルクと話していたら、聞き逃しますよ?』
『お、おう……だけど、お前も聞いててくれよな……なんか自信が無い……』
『まったくもう……聞き逃しませんから、リラックスして聞いていて下さい!』
『はーい……』
軍の作戦会議の張り詰めた空気を、朝礼で怒鳴る生活指導の先生くらいでしか比較できるものが無いリュウは、いきなりヘタレてミルクのお世話になっていた。
「まず、新たに加わった二十名は、第二小隊として私の指揮下に入ってもらう。二人一組で大型スナイパーライフルによる第一小隊の援護が目的だが、三つの班には長距離レーザー砲も扱ってもらう」
長距離レーザー砲という言葉を聞いて、「おお!」とどよめきが起こる。
レジスタンスには本部に五基配備されているものが、三基も回されたのはハイム総司令の独断の采配である。
最新装備のこの兵器がこれだけ回されたのは、それだけこの任務が重要だからだ。
ヨルグヘイムを相手にするのだから当然とも言えるのだが、それでも英断である。
「第一小隊はホルト司令に指揮して頂く。君たちの任務はこれまで通りヨルグヘイム邸を急襲する事にあるが、これまでと違うのは、最初は邸内に進入せず苦戦を装う事だ。邸内に進入するのは、ロダ少佐の指示を待て。進入後はすぐに脱出できる位置で待機し、時間が来たら脱出せよ。逃走経路はこれまで通り南と北の二つだ。君たちはヨルグヘイムと直接相対する可能性が極めて高い。だが、第二小隊が可能な限り援護する」
ヨルグヘイムの恐ろしさを知っているからなのか、誰も声を発しない。
「ロダ少佐とドクターゼム、そしてリュウの三名は、新たに発見した地下通路からヨルグヘイム邸を目指してもらうが、入口そして通路に関しては現地でしかその状態を確認できない。ヨルグヘイム邸に辿り着けない場合は即座に脱出せよ。その場合は第一小隊に当初の方法で進入してもらう事になる。進入が可能な場合は、小竜の奪還後、再び地下通路に戻り、ロダ少佐は第一小隊に指示を。研究施設で第一小隊の北側脱出班と合流し、爆発物観測室に向かいつつ潜入者に通信を送れ。これで地下の星巡竜が解放されれば、我々は第一機械化部隊と合流する」
ここまでを一気に話し、セグ大佐は一息吐いた。
「潜入者は爆発物観測室に常時居る訳では無いが、星巡竜を捕えている結界の制御装置が爆発物観測室にあることを突き止めている。だが、潜入者と連絡が取れない、もしくは潜入者が失敗した場合は、そのまま爆発物観測室を目指してもらう事になる。リュウ、大丈夫か?」
「は、はい。問題ありません、必ずアイスを両親に合わせます」
突然名前を呼ばれてビクッとしたものの、自身を見ながらはきはきと話すリュウにセグ大佐は満足したのか、リュウに向けてしっかりと頷いた。
その後、いくつか質疑応答が行われ、それも途切れた。
「もう質問は良さそうだな? いいか、我々はヨルグヘイムを相手にする。どれほどの犠牲が出るか不明だ。だが奴は小竜までをも巻き込む様な攻撃は行わないはずだ。だから奪還、逃走班はそれを最大限に利用しろ。それと、第二小隊は食事の後で私と最終の打ち合わせをしてもらう。以上だ」
全員が立ち上がり、敬礼する。
リュウも慌てて見様見真似で敬礼したが、ドクターゼムだけは動じる事なく座ったままであった。
「さあ、それでは食事にしよう。今夜は制限無しだ。遠慮なく食ってくれ」
ホルト司令の掛け声に歓声が上がる。
皆、思い思いに好きな食材を皿に盛っていく。
がやがやと賑やかに、時折笑い声も聞こえる中、皆が厨房をちらちら見始めた。
厨房から食欲をそそる香りが漂ってきたからだ。
「さては気付いたな? みんな喜べ、ホルト司令が本部から調達してくれた肉だ!」
厨房から笑顔でコックが叫ぶと、更なる歓声が上がった。
皆、口々にホルト司令に礼を述べ、肉にかぶりつく。
ずっと豆ばかりの皆には比ぶべくもないが、リュウにとっても数日振りの肉である。
皆と同じ様にかぶりついた肉は柔らかく、昼間の疲れも吹き飛ぶ美味さだと思った。
ミルクにモレーロの肉だと教えられたが、姿、形を聞く勇気は無いリュウであった。
食事の後、自室でリュウは出発時間までベッドで横になる。
『ご主人様、眠れないんですか?』
「うん……」
『ミルクが睡眠誘導しましょうか?』
「いや、いいよ。体を横にしてるだけで」
『わかりました』
横になっても眠る気配の無い主人に、ミルクが提案する。
能力的にはリュウの脳を完全に掌握する事すらできるミルクは、外部から脳内物質の量を調整したり、電気刺激を与えたりする事で、リュウを眠らせたり起こしたりする事が可能だが、リュウとの話し合いで勝手にそれを行わない事を誓っているのだ。
「ミルク、作戦ばっちり覚えた? 作戦時間やルート表示もオーケー?」
『はい、勿論です。ご主人様が迷ったり、悩んだりする事は無いはずです!』
主人の確認に、自信満々で答えるミルク。
ミルクが聞いた事を消去しない限り、忘れる事など基本的には有り得ない。
ミルクの中では各種マップを統合、補正したほぼ完璧な立体図が既に用意されており、作戦時にはリュウの視界に立体図は表示せず、ガイドラインだけを表示する事が可能だ。
そのお蔭で、リュウは初めて見る場所でも迷う事無く先へ進む事ができるだろう。
「サンキュ。作戦が始まったら、絶対に約束して欲しい事があるんだけど……いいか?」
『はい、なんでしょう?』
急に口調が改まった主人に、ミルクも先程の自信に満ちた口調から落ち着きのある美声に対応を変える。
「チビ……じゃない、アイスを絶対に両親の元に連れて行くんだぞ?」
『はい……でも、それはご主人様が――』
どこか他人事の様な主人の物言いに、ミルクは少々戸惑い気味に答えるが、主人の言葉に遮られる。
「俺が死んでもだぞ?」
『何を言って……そんな事ミルクが――』
ミルクにとって予想外の主人の言葉に、ミルクもさすがに言葉を探してしまう。
そんな事ミルクがさせません――そう言おうとしたが、時間切れだ。
「頭が吹き飛んだり、脳だけ死ぬ事だってあるだろーが……」
『……』
無いとは断言できない事に、ミルクは言葉の検索を止め、最適な対処方法を模索する。
以前にも似た様な状況はあったが、今回の主人の様子は前回のそれとは当てはまらない。
そうしている内に、主人が続きを話し出してしまう。
「俺だってそんな事にはなりたくないけどさ、万が一そうなったらミルクが俺の体を使ってアイスを連れて行ってくれって話だよ。できるんだろ?」
『……』
今度の主人の問いに対しては、ミルクには明確な答えがある。
だがそれを答えても良いのか、いけないのか、ミルクにはそれが分からない。
「なんだよ、できないのか?」
『……できます……』
改めて聞かれては答えない訳にはいかなかったミルクだが、ミルクは自身の奥底に何かがあるのを実感する。
だが、検索しようとしてもそこにはコマンドが届かない。
「よし……ミルクは俺を守ってくれるんだろ?」
『はい……』
今度の問いには即答できたミルクだが、奥底の何かが気になって仕方が無い。
それはアイスの竜力によって変質したAIに、突如生まれたもの。
当然AIであるミルクの理解の外にあるもの。
「もし、万が一俺を守れなかったら、罪滅ぼしにアイスを必ず連れて行くんだぞ?」
『……はい……』
何かが邪魔をして、上手く言葉が出て来ないミルク。
ミルクのコマンドではない何かがどうしようもなく拡大し、ミルクは押し潰されそうになっていた。
この状態は何か……ミルクは人間に当てはめて思考する。
これは、「苦しい?」「泣く?」「泣きたい?」「辛い?」「悲しい?」……と。
「ごめんな、ミルク。いつも助けてくれるお前に、酷い事言って……」
『い……いいえ……』
突然のリュウの謝罪に、ミルクを押し潰そうとしていた物が少し軽くなった気がしたミルク。
切羽詰まった状況から少し解放され、ほんの少し演算が楽になったと言うべきか。
ミルクはその優秀さで、自身に知らぬ間に備わっていた「コマンドではない何か」に接触を試みる。
先程の人間に当てはめて思考するロジックをベースに、検索に使われるデータ化された人間のあらゆる感情を組み込み「コマンドではない何か」に弾かれたものを除外し、残された物の客観的視点を主観的視点に変換するシステムを何度も失敗しながら構築していく。
それは感情の発露を促すもの――心の構築と言うべきものかも知れない。
「ま、そうならないように俺もなるべく頑張らないとな……」
『そ、そうですよ……いえ、違います!』
リュウはそう言って、ミルクとの会話を終えようとした。
ミルクもそれに同意しようとして……新たなシステムを構築する程苦労させられている原因に気付いた。
「え?」
『「なるべく」じゃないです! 「絶対」です! 絶対に頑張って下さい!』
ミルクは思ったのだ。
「なるべく」なんて思っているから、万が一の事なんかを考えてしまうのだと。
その為に、ミルクが「何か」に押し潰されそうになっているのに! と。
「わかった、わかった」
『そんな軽く言わないで下さい! ――ミルク怒ってます!』
主人の軽い返事に、新システムを使わずとも既存のシステムから答えはすぐに選択された……が、続けて新システムから初めてスムーズな結果が飛び出してくる。
それは言葉を選んで話すミルクの基本システムを飛び越えて言葉にしてしまった。
「んな、怒んなよぉ……さっき謝っただろ?」
『え? あ……す、すみません!』
主人の不満そうな言葉にログを見るまでもなく、さっき言われた謝罪を覚えていたミルクは、つい謝ってしまう。
直後にそこで怒った訳じゃないと気付いたが、タイミングを失ってしまった。
「さて、そろそろ寝ないとマジで作戦に響きそうだな……おやすみ、ミルク」
『は、はい。おやすみなさい、ご主人様……』
そんなミルクの内情に気付くはずもないリュウは、今度こそ会話を終了してしまった。
ミルクは挨拶を返しながら、タイミングを失ってしまった事や、基本システムを新システムが無視した事に、新システムの構築に不備があると見直しを開始する。
だがそれからリュウが目覚めるまで、ミルクは不備を見つける事はできなかった。
新システムが完成している事にミルクが気付くには、まだまだミルク自身が成長しないといけないのかも知れない……。
レジスタンスの本部がある首都の西に位置するアーメルの北には、軍事施設の西から北までを覆う様にロレーユという都市が広がっている。
そこにはレジスタンスの第二機械化部隊が拠点を置いている。
夜明けまであと数時間という頃、ロレーユの拠点には多数の大型の車両が集結していた。
車両は幌付きのトラックやコンテナを繋いだトレーラーなど様々だが、その数は優に百台は超えている。
運転手達は車両から降りて、即席の演説台となった木箱の上に立つ軍人を半包囲する様に集まっていた。
彼らはレジスタンスに味方する民間人なのだ。
「我々の呼びかけに集まってくれた諸君、おはよう! そして、ありがとう!」
マイクや拡声器も無い状態で声を張り上げる木箱の上の軍人は、第一中隊を率いるバーム大佐だ。
バーム大佐の後ろには、二十名程の兵士が控えている。
「諸君らは、うちの分隊と共に行動してもらう! 詳しい説明は後で分隊長からしてもらうが、諸君らの任務は陽動だ! 決して無茶をせず、攻撃を受けた場合は即座に離脱してくれ! いいか! 諸君らは必ず家族の元に戻るんだ! 以上だ!」
バーム大佐はそう言って木箱を降りると、後ろに控えていた兵士の一人が代わって木箱に上った。
「分隊長のヒースです! お集まり頂き感謝します! これから作戦を説明します!」
「ヒース分隊長殿! 俺たちゃ、あんたらに賭けてんだ! ちゃんと命令に従うからよ、そんなに固くなりなさんな!」
「そうだぜ! 一緒にくそったれな軍と政府の鼻を明かしてやろうや!」
分隊長のヒース少尉は、まだ二十歳そこそこの青年だった。
その緊張した面持ちに、運転手達の中から口の悪い激励が飛ぶと、周りの連中も口々に賛同と激励を口にした。
ヒース少尉は、それらの激励に一礼し、説明を始めた。
そこにはもう緊張した新米士官の姿は無く、ヒース少尉の表情は堂々と説明する指揮官のそれとなっていた。
レジスタンスは政府軍に比べ、その数が圧倒的に少ない。
半径四キロ弱の円を描く様な軍事施設に対して、北西の第二機械化部隊、南西の第一機械化部隊、南南東に遠く離れて第三機械化部隊所属の第一小隊が有るのみだ。
第三機械部隊本体はノースレガロに有ったのだが、一ヶ月前に壊滅したまま、未だ部隊が整理されていないままであった。
そんなレジスタンスであるから、大規模な作戦など余程の事が無ければ起こせなかった。
だがリュウがレジスタンスに保護された事を切っ掛けに、セグ大佐ら情報部によってあっという間に全軍投入の作戦が組まれたのは、その軍の規模が小さかった事に他ならないのは皮肉と言うしかない。
レジスタンスにとって、十数年ぶりの大規模戦闘。
敗北すれば、レジスタンスには戦力というものが残らないだろう。
勝利できれば独裁政権は解体され、戦争は終結するだろう。
いよいよ数時間後、レジスタンス最後の作戦が開始される。
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