13 コンタクト

 その夜一台の小型車両が、サウスレガロから西の穀倉地帯であるオーラムに向けて出発した。

 乗員は二名、運転手のドッジ中尉と助手席のリュウである。

 拠点にこもっていたリュウにとっては、二日振りの外の世界だ。


 小型車両は左ハンドルなので、リュウは右側に座っている。

 万が一にも軍に発見されぬ様にライトは消しているが、ドッジ中尉はヘッドセットのお蔭で問題なく運転できる様だ。


 リュウはヘッドセットを付けていないが、ミルクによって視力強化が施されているので問題なく辺りが見えていた。

 更にリュウの視界はヘッドアップディスプレイの如く、その時に欲しい情報が表示されるようになっている。

 これは視覚情報が脳に伝わる前に、必要情報を追加される仕組みだ。

 ミルクに初めてこの機能を教えられた時は、リュウは表示される情報の量に頭痛を覚えている。

 なので、普段は目の焦点が合っている所までの距離が表示されるに留まっている。


「視界はどうですか? ご主人様」

「うん、全然問題ないよ。ってか凄いよな、もっと全体が緑色で見えるのかと思ってたけど、勝手に明るさや色まで補正してくれるんだな」

「すげえな、ミルクちゃんは」

「ありがとうございます」


 行動を共にするドッジ中尉には、ミルクの事を少し話してあった。

 なので今は、左腕からミルクの立体映像が映し出されている。


 西進する二人はオーラムに入り穀倉地帯を抜け、そこから北上してレジスタンスの本部がある都市、アーメルに向かう。

 だが本部には向かわずアーメルに入るとそのまま北東を目指し、軍事施設外部から洞窟の入り口に向かって通信機器を射出し、チビドラの両親とコンタクトを取る予定だ。

 サウスレガロの拠点から狙撃地点に直線で向かう方が遥かに早く着けるのだが、それには軍の監視が多い首都グランエルナーダを抜けねばならず、危険を避け迂回しているのだ。


 数時間を走り続け、リュウはアーメルの狙撃地点に到着した。


「ご主人様、目標地点到達です。周囲に敵性体の存在はありません」

「んじゃ、始めようか」


 リュウの右腕に銃が形成され、視界には銃と連動するサイトが表示される。

 リュウはだらんと下げていた右腕を、肘から先だけ動かして前方に向けた。

 ホルト司令らにお披露目した銃とは違い、今回のは少し幅が広く、銃口が三つもある。

 サイトはまだ下の方を指している。

 リュウは、サイトが洞窟に重なるように、少しずつ銃口を上げる。


 因みに洞窟までの距離は五キロ、視界は銃のスコープからの画像を使用している。

 今はミルクを介さずに、リュウ自身が視界を調整していた。

 夜中の洞窟の入り口が、今のリュウにははっきりと大きく見えている。

 洞窟入口の中央にサイトを合わせ、リュウは引き金を引いた。


 ――バシュシュシュッ


「ご主人様、成功です」


 ミルクの声でリュウが銃口を上に向けると、銃はその形を崩し、右腕に消えて行った。

 結構な質量が右腕に吸収された形だが、リュウにはそれらがどのように体に散っていったのか分からない。

 多分、ミルクが分からないように処理してくれているのだろう。

 そんな事を思いながら、リュウはドッジ中尉の待つ車両へと戻る。


 放たれた三発の弾丸は、誰にも気付かれる事なく、一〇秒後には洞窟内の壁に着弾していた。

 それぞれの弾丸はその入射口からあふれるように出てくると、一つにまとまって大きな蝶に姿を変え、ひらひらと洞窟の奥を目指して飛んで行く。

 そして大空洞の入り口の扉へと辿り着き、天井付近の隙間から大空洞へと侵入を果たすと、蝶は高度を一気に下げて地面すれすれを檻に向かって飛んで行くのだった。










 アインダークとエルシャンドラは、自分達に向かってくる奇妙な蝶に気付いた。


「綺麗な……機械の蝶……?」

「目的は我らかも知れんな……」


 アインダークらは研究室の監視窓から蝶を隠す様に立ち位置を変え、蝶の動きに注意を払った。


 蝶は檻の中に侵入を果たすとアインダークの手に留まり、羽を畳んでその姿を通信機に変えた。


「――聞こえますか? アモ……じゃない、リュウ・アモウと言います。 チビ……じゃない、えっと、お子さんの星巡竜に連れて来られたらしい――」

「ええ、分かりますわ。 あの時の少年ね?」


 通信機から流れる声が、アイスの連れて来た少年だと気付いたエルシャンドラが応答する。


「そうみたいですね、俺覚えてなくて……それで、そちらは今どんな状況ですか?」

「残念ながら捕らえられたままなのですわ……」

「えっと、脱出の目途はありますか?」

「それも、残念ながら……」


 あの時と言われても記憶にないリュウは言葉を濁しつつ状況を尋ねたが、どうやらどうにもならない様だ。

 それよりもリュウは、エルシャンドラの落ち着いた美声に聞き惚れてしまっていた。


「わかりました。俺、今そっちの連中と敵対してるレジスタンスと一緒なんですけど、なんとかあなた達を脱出させられたら、協力してもらえますか?」

「そうしてやりたいが、我が子、アイスを探さねばならぬ」


 リュウはとりあえず、セグ大佐から何度も念押しされた、レジスタンスへの協力を要請したが、代わって話し出した渋い男の声に拒否されてしまった。

 しかし、それはセグ大佐によって想定済み。

 その為、ミルクが軍のネットワークに侵入し、交渉材料を探していたのだ。

 チビドラじゃなくてアイスと言うのか、と思いながらリュウは交渉を再開する。


「お子さんの居場所は分かっています。今もそこに居れば、ですけど」

「本当ですか!? アイスは今、どこに!?」


 リュウの言葉に、エルシャンドラが悲痛な声を上げる。


「あの、落ち着いて下さい。バレたらまずいので……お子さんはこちらで何とか保護するつもりです。だから協力してもらえませんか?」

「もちろんですわ。アイスが無事で、ここから出られたなら……ね? あなた……」

「我らは何をすれば良いのだ? ヨルグヘイムと戦えば良いのか?」


 リュウの再びの協力要請にエルシャンドラは快諾し、アインダークを促した。

 父親の方も異論は無い様だ、とリュウは胸を撫で下ろす。


「すぐ、という訳にはいかないですけど、解放時はレジスタンスの攻撃が始まってて結構混乱していると思います。それで、ヨルグヘイムと政府軍の二つをそれぞれで抑えて頂けたら……という事です」

「なるほど、分かった。では、そなたらの頑張りに期待して待つとしよう」

「は、はい。よろしくお願いします。では、何かあるまで通信を切ります」


 リュウはセグ大佐の想定の枠内で会話が進んだ事に、安堵の息を吐いた。


「どうやら、上手くいったみたいだな」


 運転しながら横で話を聞いていたドッジ中尉が、明るい声を掛けてきた。


「はい、協力してくれるそうです。でも子供の竜を確保しなきゃならないし、両親をどうやって解放すればいいのやら……」

「ま、そういう事は上が考えてくれるって! 俺達は言われた事をやるだけだ」

「はあ……」

「ご主人様! 大丈夫ですよ、ミルクが付いていますから!」

「頼もしいなぁ、ミルクちゃんは!」


 一つの問題をクリアしたところで、すぐに不安を感じるリュウにドッジ中尉とミルクが明るく声を掛ける。

 ドッジ中尉の豪快な笑い声を引きずりながら、任務を果たした小型車両は軽快にサウスレガロへ戻って行くのだった。

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