12 無慈悲な支配者
研究施設から南の程近い場所には、軍の作戦指令室が置かれている。
その中ではゼオス中将が、不安気な表情で部下に指示を出していた。
ゼオス中将は指示を終えると、椅子の背もたれに深く体を預けた。
そして、昨日のヨルグヘイム邸での出来事を思い出していた。
籠の檻に入れられた星巡竜の子供に向けて、ヨルグヘイムは何の感情も持たぬ目で「早く成人しろ」と告げながら、右手を
ヨルグヘイムの右手から発せられる光に、小竜は短い叫び声と共に自ら発光し、
だが竜力が尽きたのか、小竜の光は徐々に薄れ、苦痛に泣き叫び始めた。
ゼオス中将は、無抵抗となったにも係わらずヨルグヘイムに苦痛を与えられ続ける小竜を見ていられなくなり、ヨルグヘイムに真意を問うた。
ヨルグヘイムは、小竜が死への危機感から成人するのではないかと試している、と何の痛痒も感じぬ様子で手を休めずに答えた。
ゼオス中将は、小竜が成人するとどうなるのかを、汗を拭うのも忘れ再び問うた。
その答えは、殺して力を奪う、というものだった。
そしてヨルグヘイムは小竜に「どうせ死ぬのだから、早く成人した方が楽だぞ」と告げ、小竜が気絶するまで
ヨルグヘイムの余りの慈悲の無さに、ゼオス中将もソートン大将も背筋が凍る思いで邸を後にした。
ゼオス中将の耳には、小竜の泣き叫ぶ声が今もこびり付いている。
そして思う、ヨルグヘイム様は断じて神などでは無い……と。
そして思ってしまった。
ヨルグヘイム様は力を手に入れさえすれば、他はどうでも良いのではないか……と。
ゼオス中将は、心底ヨルグヘイムが恐ろしいと思った。
だが、恐れているばかりでもいられない。
ソートン大将が左遷された現在、彼が軍を統括しているのだ。
一つ大きく息を吐いてゼオス中将は、ヨルグヘイムの助力が得られない場合での各施設の防衛に、意識を傾けるのであった。
土と岩ばかりのゴツゴツとした大きな広間に場違いな様々な機械類。
岩肌に取り付いた蜘蛛のような機械が多数、岩肌を少しずつ砕き、その腹に飲み込んでいく。
飲み込まれた砕石は、背中から伸びるパイプを通り、大きな機械に吸い込まれていく。
砕石はその大きな機械で更に砕かれ、別の機械に運ばれていく。
そんな工程を何度も繰り返し、種類毎に分別された金属は、袋に詰められ運ばれていく。
そこは殺風景な岩山に設けられた、幾つもある鉱石採掘場の1つであった。
採掘場の周辺には、武装した兵士が二人一組で周囲を警戒している。
そんな場所に一箇所だけ、壁と床を平らに仕上げられた部屋があった。
その部屋は一辺が六メートル程で、床には研究施設にあった物と同じ、直径四メートルの真円の鏡の様な池が有り、その周囲には正三角形に配置された石板がある。
それはヨルグヘイムが作った転移装置だ。
つまりここは、ソートン大将が資源採掘を命じられた鉱山なのである。
「まさか、こんな設備を今更使う時が来るとはな」
そう言って椅子から立ち上がったのは、首からコードを伸ばし、機械の左腕を持つパストル博士だ。
そこは大雑把に広さを確保された簡易の研究室のような感じの部屋だ。
目の前の機械のランプが黄色から緑に変わると、小さなカードが排出される。
パストル博士はそれを抜き取ると、自身のヘッドセットのスロットに差し込んだ。
そして怯えた表情の上半身裸の男に向かうと、呟くように話し始めた。
するとヘッドセットから少し遅れて、パストル博士の声で別の言語が流れ始めた。
上半身裸の男は、この岩山の麓に住む鍛冶屋だった。
いつもの様に魔獣を警戒しながら鉱石を掘っていると、いつの間にか見知らぬ男達に囲まれていた。
異様な風体の男達に連れて行かれた場所で、頭に何かを付けられた男は、そのまま数日間拘束された。
別に危害を加えられることもなく食事も与えられたが、男の訴えは言葉が通じないのか、聞いてもらえなかった。
そして今、男の頭に何かを付けた白い服の男が近付いて来た。
「聞こえるかね? 今まで我慢を強いて済まなかった。私の言葉が分かるかね?」
「き、聞こえる。言葉は分かる。あんたらは一体何者なんだ?」
男が恐る恐る返事をすると、白い服の男はゆっくり頷いた。
「私はパストル。名前を教えてくれんかね?」
「俺はトマスだ」
「ではトマス。我々の事を話す代わりに、この国の事も教えてくれないか?」
「教えたら、家に帰してくれるか?」
「もちろんだとも。ではよろしくお願いする」
パストル博士はこの数日、翻訳ツールにトマスから採取した言語データを蓄積していたのだ。
採取データから翻訳ツールが自動的に文法や単語を
それでもたった数日で簡単な意思疎通が図れるのは驚きと言えよう。
この作業は実に数百年振りに行う事であったが、上手くいった様だ。
しばらくパストル博士とトマスは話していたが、途中でパストル博士はその役目を別の男に代わり、部屋を出て行ってしまった。
トマスとの情報の交換を部下の研究員に任せたパストル博士は、転移装置にやって来ていた。
見張りの兵士に大事な忘れ物を取りに戻ると告げ、パストル博士は転移装置に足を進めた。
次の瞬間にはパストル博士は元の研究施設の転移装置に戻って来ていた。
ほっと息を吐き、パストル博士が向かうのは自身の研究室だ。
エクト中佐に急遽呼び出された為、新型の人工細胞と完成形のAIを残していたのだ。
パストル博士が研究室の扉を開くと、そこには意外な人物が居た。
「こ、これは、ヨルグヘイム様。私の研究室に何用なのでしょう?」
「パストルか。資源回収に同行したのではなかったのか?」
パストル博士の問いには答えず、ヨルグヘイムは質問を返す。
ヨルグヘイムにとって、パストル博士はその程度の存在なのだろう。
「はい。ですが、急な移動だったもので、生涯の研究を取りに戻ったのです」
「そうか。もう必要無いのかと取りに来たが、それ程大事な物だったか」
パストル博士の言葉を面白そうに聞くヨルグヘイムの手には、銀色の液体が詰まった容器が掴まれている。
パストル博士は、新型細胞を奪われてしまうのか、と心中穏やかではいられなかった。
「ならば、これは大事にその身に持っているがいい」
そう言うと、ヨルグヘイムは新型細胞を光で包んだ。
パストル博士はまさかヨルグヘイムが竜力を付与してくれるとは思ってもいなかった為、思わず「おお!」と声を上げてしまった。
光を纏う新型細胞を見て頷き近付いて来るヨルグヘイムに、パストル博士は頭を下げ感謝の意を示した。
ヨルグヘイムはそんなパストル博士を何の感情も籠らぬ目で見下ろすと、パストル博士の首のコードを掴んだ。
「な、何を……」
「こうすれば、奪われなくて済むという事だ」
不意に首のコードを掴まれ困惑するパストル博士に、ヨルグヘイムは抑揚の無い声で答えながら、新型細胞の容器をコードに近付けていく。
「お、お待ちください――」
「失敗続きのお前も、これで役に立てるだろう」
顔面蒼白になるパストル博士の言葉を遮り、ヨルグヘイムは新型細胞の容器にコードを繋いだ。
「ひっ……あ、あがっ……」
意識のあるまま直接首に新型細胞を送り込まれるパストル博士は、白目を剥きガクガクと痙攣を繰り返す。
やがて倒れて動かなくなったパストル博士を置いて、ヨルグヘイムは研究室を出て行くのだった。
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