11 お披露目

 その日の午後、サウスレガロの情報局にはセグ大佐に呼ばれた人々が集まってきていた。

 部屋の中央にあるテーブルにはホルト司令、セグ大佐、ロダ少佐の軍人達の他に、ドクターゼムが座っている。

 そして今、最後に扉を開けて入って来たのは一人場違いな印象をぬぐえないリュウであった。


「失礼します。あの、ここに来るように言われたんですけど……」

「うむ。よく来てくれたリュウ。私が呼んだのだ」


 おずおずと入って来たリュウに、セグ大佐はいつもの冷ややかな声ではなく、少し熱を帯びた感じの声でリュウを迎えた。

 テーブルにはホルト司令とセグ大佐が、ロダ少佐とドクターゼムに向かい合う様に座っており、リュウは「なんで、お誕生日席……」と呟きながら席に着いた。

 因みに、リュウの左前はセグ大佐で、右前にはドクターゼムが座っている。


「さて、お二人は面識がありますか?」

「いや、初対面じゃ」

「はい、初めてお会いします」

「そうか。リュウ、こちらはドクターゼム。この星最高の科学者だ」

「失脚したがの」

「はあ……」


 本題に入る前にセグ大佐は、初対面の二人を紹介し始めた。


「そしてこちらは、リュウ。星巡竜に連れて来られた、別の星の人間です」

「なんじゃと? それは本当か?」

「は、はい……」

「事実です。我々も聞き取りをし、確信しました」

「星巡竜は人に影響を与えずに、宇宙空間を移動するのか……ううむ……」


 別の星から来たというリュウの紹介は、ドクターゼムの興味を引いた様だ。

 その興味はリュウ自身ではなく、星巡竜の能力についてだが。


「そして人工細胞被験者にされ、廃棄される予定でしたが、息を吹き返したところを我々が保護したのです」

「なんじゃと!? おい、小僧! 何とも無いのか?」

「は、はい……今のところ……」


 ドクターゼムは今度こそ驚いた。

 何せ、最近行われている新型細胞実験の成功例は無いのだ。

 そして、それは被験者の死と同義なのである。

 ドクターゼムはリュウの様子を見て、何やら考え込んでしまった。


 リュウはドクターゼムの剣幕に圧倒されっぱなしだったが、それよりも気になるのは、その風貌だった。

 ドクターなのだから白衣を着ているのはともかく、ゴーグル付きのヘッドセットはリュウにマッドサイエンティストという印象を与えた。

 何より、ヘッドセットから伸びるケーブルが首の端子につながっているのだ。

 ミルクの事を話したら解剖されそうだ、とリュウは思った。


「では、本題に入りたいと思います」


 セグ大佐の言葉に二人は我に返り、セグ大佐の言葉に耳を傾ける。


 セグ大佐の話の内容はこうだ。


 一、現在エルナダには、ヨルグヘイムによって星巡竜が三体捕らわれている。

 二、その三体は親子であり、両親の二体は旧爆発物実験場に拘束されている。

 三、子供の星巡竜はヨルグヘイムによっていずこかに連れ去られた。

 四、レジスタンスは捕らわれた星巡竜と共闘して、政府を打倒する。

 五、その為に新たな星巡竜とコンタクトを取り、解放せねばならない。

 六、ヨルグヘイムに関しては、新たな星巡竜に全てをゆだねる以外に方法が無い。


 それらの話を聞き、しばしの沈黙の後、再びセグ大佐が口を開いた。


「この中で我々が行うのは、星巡竜とのコンタクトと解放です。部隊を全て捨て駒に用いても、成すべきだと考えます。その為には小竜の捜索が必要になるでしょう」

「全てを捨て駒かね。 随分と思い切った発言だのう……」

「ここだけの話です、司令。さすがに本部の耳には入れられません」


 セグ大佐の発言に、ホルト司令は苦笑いを浮かべた。

 だが、セグ大佐は本気だ。

 ただし、自身の発言がまずい事は理解していた。


「星巡竜と共闘できても向こうにはヨルグヘイムが居ます。互角になるだけでは?」

「それなんだがな、少佐。内通者が研究員から入手した情報によると、大空洞内……というよりは、あのエルナ山全体が竜化させない為の結界なのだそうだ」 

「ならば今は何故、竜の姿なのでしょう?」

「大空洞の檻の中では、竜の力の働きを全て阻害するらしい。なので逆に竜化させられている……という事らしい。だが小竜を転移させた事から、どの程度の効果があるかは不明だがな」

「ふうむ……」

「なので檻から解放した星巡竜の一体をヨルグヘイムの牽制に、もう一体を外の軍の排除に、というのが理想なのだがな……」


 ロダ少佐からの質問に、セグ大佐は内通者からの情報を踏まえ、説明すると共に、理想となる展開を述べた。

 確かに上手く行けば、地上の軍事施設での戦闘は星巡竜によって終結するだろう。

 だが果たしてそう上手く事が運ぶだろうか、そう皆が思ったと同様に、セグ大佐も実際にはそこまで上手く事が運ぶとは思っていない。


「あの……それで俺は、どうすればいいんでしょうか?」

「君には、連れ去られた小竜の捜索に同行して欲しい」


 リュウの呼ばれた理由は、小竜の捜索。

 早くチビドラに会いたいリュウとしては、危険度を抜きにすれば、願ったりな展開だ。

 セグ大佐としても、小竜と交流のあったリュウは、その任に打って付けであった。


「ドクターゼム、それらに先立って軍のネットワークから必要な情報を入手できますでしょうか?」

「さすがに一筋縄にはいかんぞ。せめてわしの作ったAIが手元にあればのう……」

「それが有れば可能なのですか?」

「わしがやるよりは、遥かに早いじゃろう」


 ドクターゼムの役目は各種情報の入手。

 だが、さすがにそれは現状では厳しい様だ。

 皆がそこまでを聞き、思い思いに考え込む。


『なあ、ミルク。どう思う?』

『そうですね、セグ大佐の案は、現状では理想論の域を出ませんね』

『どこが一番のネックだと思う?』

『情報の入手に成功したとしても、星巡竜様とコンタクトを取れるかは賭けの要素が大きいです』


 リュウも皆と同様に黙ってはいるが、脳内ではミルクと相談を始めていた。

 ミルクは適切にリュウの質問に回答してくれる。


『チビドラの所在くらいは分かるかな?』

『さあ、その情報が軍のネットワークに存在するのかどうか……』

『因みにさ、お前なら何とかできる?』

『ネットワークに入るのは多分大丈夫でしょう。ただ、目当ての情報が得られるかは不明です』


 連れ去られたチビドラの情報がネットワークに無ければ、ミルクであっても探す事は不可能だ。


『大空洞のチビドラの両親とのコンタクトは?』

『小型の通信装置を飛ばして、辿たどり着けるなら可能でしょう』

『マジで? 具体的にはどうすんの?』

『人工細胞を使った弾丸を洞窟入口に打ち込み、弾丸を大空洞へ移動させ、目的地に到着したら通信機器に構造を組み替えます。ただし通信波は傍受される可能性があります』


 一番難しそうだとリュウが思っていた事は、想像もしない方法で一番解決可能に思えた。

 ただ傍受されるとなると相手に警戒され、その後の作戦に支障が出るかも知れない。


『すぐにバレる?』

『通信中継点を複数用意して、各種暗号通信を切り替え続ければ、怪しい通信波が大空洞から出ている、くらいで済むかも知れません』


 リュウの心配を、ミルクは分かりやすく答えてくれる。

 後はそれをリュウが、楽観的に捉えるか、悲観的に捉えるかだ。


『それならレジスタンスの人を戦わせずに済む?』

『陽動してもらう方が、ご主人様が発見される可能性がぐっと減ります』


 リュウは、セグ大佐の捨て駒発言が気に入らなかった。

 なので今の質問なのだが、ミルクはそれの言及をすっ飛ばして陽動の必要性を訴える。

 ミルクにとって、リュウの安全が第一なのは大前提なのである。


『ミルク、お前の存在を明かしてもいいか?』

『それはあまり賛成できません。ご主人様がどんな風に利用されるか不明ですから』


 ミルクはそれまでのリュウの発言から、そう言われる事を予想していた。

 だがやはり、実際に言われると賛成はし辛い。


『それでも、俺が望めば助けてくれる?』

『決意は固そうですね……仕方ありません。全力でお守りします』


 リュウは、ミルクが居なければ何もできない。

 情けないな、と思いながらも、ミルクに助けを求めた。

 ミルクはもう既にこうなる事を確信していたのか、現状でリュウが安心できる回答を選択する。


『ごめんな、ミルク。サンキュ』


 リュウは、ミルクが自分を守ろうとしている事はもう十分に理解している。

 だが今からリュウがしようとしている事は、危険を冒す事に繋がる。

 リュウは相反する事をミルクに強いる事を謝り、それでも尚、協力してくれる事に感謝した。

 そしてリュウは、沈黙を破る。


「あの、聞いてもらっていいですか?」

「何かね、リュウ」

「実は、皆さんに黙っていた事があります」

「黙っていた事? それは?」

「今から話す事は、ここに居る皆さんだけの秘密にすると約束してもらえませんか?」


 リュウの発言に対応したのはセグ大佐だったが、ホルト司令もロダ少佐もこれまでと違うリュウの力強い言葉に、真剣な眼差しを向けた。

 初対面のドクターゼムは、少しいぶかしむような表情だが。


「どうやら、何かありそうだね。わかった約束しよう」

「話を聞いてから、というのは駄目かね?」

「それだと俺の今後が不安というか……」

「わかった。約束しよう」


 ホルト司令は少し面白そうに笑みを浮かべながら約束してくれたが、さすがにセグ大佐は条件を付けて来た。

 もっとも駄目元で言ってみた程度の様で、リュウが言葉を濁すと仕方ないとばかりに約束してくれた。


「私も約束する。他言はしないよ」

「わしもじゃ。何を言われても黙っといてやるわい」

「ありがとうございます」


 ロダ少佐も、ドクターゼムも約束してくれた。

 が、ドクターはこの中で一番やばいよな……とリュウは少し不安だ。

 何せ、ついこの前まで研究していただろう事の成果を目の当たりにするのだから。

 だがもうここまで言っておいて、やっぱりいいです、なんて言えない。

 リュウは礼を述べると、改めて腹を据えた。


「えー、俺が受けた人工細胞の実験なんですけど、その、実は成功してました……」


 しばしの沈黙の後、やはり最初に口を開いたのはリュウの想像通りの人物だった。


「なんじゃとー!? それは……本当か!?」

「しーっ! しーっ!」


 ドクターゼムの絶叫に近い大声に、リュウは慌てて人差し指を口の前に立てる。

 ドクターゼムも我に返り、体を前傾させると、声を潜めた。


「小僧。世の中には言っていい嘘と、悪い嘘があるんじゃぞ?」

「嘘なんかきませんよ。いいですか、見てて下さい」


 ドクターゼムのまるで信じていない発言を、リュウはちょっと面白く感じながら、左腕を手の平を下に向けてテーブルの上に伸ばした。


「ミ……ミルク。 皆さんに挨拶してくれ」


 ちょっと顔を赤らめながらリュウがミルクを促すと、リュウの左手首、丁度腕時計の文字盤の位置に金属の真円が現れ、その空中に二十センチ程の身長で少女の立体映像が現れる。


「な!?」

「これは……」

「なんと……」

「……」


 セグ大佐が驚き、ロダ少佐とホルト司令は何かを言いかけ、ドクターゼムは絶句中。


「初めましてホルト司令、セグ大佐、ロダ少佐、そしてドクターゼム。ミルクと申します。よろしくお願いします」


 固まる四人の前で、ミルクはちょこんとお辞儀をした。

 メイド服姿で……。


「なんでメイド服!? いつもと違うだろ!」

「えっ!? だって、ちゃんと正装しないとって思って……」

「正装!? それ正装なの?」

「当然ですよ! ミルクはご主人様のメイドですから!」

「ちょっと待て。いつからメイドになったんだよ! サポートAIだったろーが!」

「そんな長ったらしい名前はやめました。今日からはメイドです!」

「……」


 固まる四人の前で、言い合いを始める二人。

 ミルクの断言に、遂にリュウも言葉を失った。

 そしてリュウと入れ替わる様に言葉を発したのは、やはりドクターゼムだった。


「お、お主……元からそのモデルなのか?」

「元の人格モデルは消失してしまいましたので、ご主人様の記憶から再構築しました」

「記憶から再構築じゃと? ならば、完全に脳とリンクしておるのか?」

「はい! 脳を解析されたドクターのおかげです。感謝致します」

「まさか……セグ大佐! 済まぬが、端末を借りるぞい!」


 ドクターゼムはミルクに矢継ぎ早に質問すると、セグ大佐の返事も待たずに手近にあった端末に首からコードを繋ぎ、何やら作業を始めた。

 残った三人は漸くその頃になって、リュウやミルクに質問を始めたのだった。


 ドクターゼムはAIを奪ったであろうと見当を付けていたパストル博士の研究室に侵入し、その実験ログを閲覧していた。

 そこには、最後の実験に使われたAIが自身のプロトタイプである事が明記されていた。

 作業を終えたドクターゼムは、震える声でリュウに願い出る。


「頼む、コネクトさせてくれ。見るだけじゃ。決して内容は触らぬ、頼む」

「わかりました。ミルク、コネクター出して」

「はい」


 右手に浮き上がったコネクターに、ドクターゼムはコードを繋ぎ、しばらく目を閉じたままじっとしていたが、上を向き恍惚とした表情を浮かべ呟いた。


「おお……これが、わしの……なんと、こんな応用が……」


 少しの間、上を向いてブツブツと呟いていたドクターゼムだったが、顔を下げるとコードを外し、リュウに頭を下げるとセグ大佐の方へ向き直った。

 皆、言葉無く、ドクターゼムの発言を待っている。


「セグ大佐。捨て駒作戦は必要無くなったぞ。小僧一人でコンタクト可能じゃろう」

「なんですと!? それはどういう――」

「ミルク……と言ったかの。説明してやってくれ」


 ドクターゼムの言葉に、さすがにセグ大佐も驚きを露わにした。

 セグ大佐の発言を遮り、ドクターゼムはミルクに説明を促した。

 ドクターゼムの「ミルク」と言った時の表情が、心なしか寂しそうだと、リュウは感じた。


「では、説明させていただきます」


 そう言って、ミルクはリュウと相談していたプランを提示するのであった。


 説明が終わり、ミルクがちょこんとお辞儀すると、ホルト司令が口を開いた。


「大体の流れは理解したが、その……弾丸をどうやって大空洞に移動するのかね?」

「ミルク、実演してあげて」

「はい」


 ホルト司令の質問に、説明は聞いていたが、自身も実際のプロセスを見てみたいと思ったリュウは、ミルクに実演を注文した。


 テーブルに伸ばされたリュウの左手の人差し指から銀色の液体が溢れだし、一つの弾丸を形成した。

 すでにそれだけでも、「おお!」という声が聞こえている。

 リュウの指から離れて単独で転がっている弾丸は、その形状を見る間に変化させ、蝶の形に姿を変えるとテーブルを飛び立ち、ホルト司令のテーブルに置かれた手の上に留まった。

 皆の視線が集まる中、蝶はまたも姿を変え、小さな四角い通信機となった。

 皆が口々に感嘆の言葉を上げる中、ミルクは補足する。


「基本的にはこの様な形ですが、通信出力や電力の事も考慮して、実際には三つ程を送り込む予定です」


 またも皆が感心したような声を上げる中、リュウは疑問を口にした。


「なぁミルク。銀色の蝶だと怪しくね? 色付けられないの? オオムラサキとか」

「できますよ。ほら」


 ミルクが答えると通信機は色鮮やかなオオムラサキに変化し、リュウの左手に戻ってくると、液体となって左手に消えて行った。


「なんとも凄いものだな……」

「何でも有りに思えますね……」

「ミルク、すげえ……」

「グランゼムじゃったのに……」

「ならば、後は長射程の銃を用意すれば……」


 ドクターゼムだけがしょんぼりする中、セグ大佐の発言に即反応するミルク。


「銃は用意できてますよ。ほら」

「おお!?」


 リュウが違和感に右手を上げると、右肘の外側から小指側を通って拳の五十センチ先までの長さの銃が付いていた。

 右手の平に握り込める様にグリップが形成され、リュウがそれを握り込むとまるであつらえたかのようにぴったりとフィットした。

 その姿は前後に長いトンファーを構えていると言えば解りやすいだろうか……。

 リュウの目がキラキラしている……否、皆の目がキラキラしていた。

 その後、銃は収納され、落ち着きを取り戻した皆は、プランの見直しを行うべく、打ち合わせを始めるのであった。

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