10 できるAI
レジスタンスのサウスレガロ支部では、ドクターゼムによってメンテナンスされた兵士達が、普段より明るい表情で朝から訓練に励んでいた。
『どうだ、ミルク?』
『はい、やはりここの材料が一番良いですね』
その片隅でリュウは、ミルクと脳内で会話しながら、コソコソとしゃがんでは地面に落ちている金属素材を集めていた。
それは弾丸であったり、薬莢であったり、鉄くずっぽい物まで様々だ。
それらを手に取ると、手の平から染み出した銀色の液体が分解、吸収していく。
リュウは元々六十キロの体重であったが、今は七十二キロになっている。
人工細胞も体の三パーセント程度であったが、今は十数パーセントを占めており、残りは針や弾丸など消耗品用として分解され体内にストックされている。
人工細胞は自身で増殖はできないが、同一金属を分解し、再構成する事でその容量を増やす事が可能なのだ。
ミルクは天才科学者のコピーとも言うべき超高速AIだが、リュウの意識がある限り、決して自身で判断を下さない。
意見は言うが、必ず主人であるリュウを尊重し、判断はリュウに
そしてリュウが判断に困った時はリュウに解りやすい言葉で解説したり、例を挙げたりして、リュウが判断できるようにしてくれるのだ。
リュウはこの数日で、ミルクという存在を信頼する様になっていた。
そしてAIであるミルクも、何かと自分を頼りにし、決して自分だけで物事を決めずに相談してくれるリュウに、好意のようなものを感じていた。
更に今のミルクは以前とは違い、その甘ったるい口調を改め、しっかりしつつ優し気な口調へと変わっていた。
そしてリュウが癒しを求める時には、甘えた声でお相手するのだ。
そう、ミルクは「できるAI」に目覚めていたのだった。
「なあ、ミルク。俺って、どのくらいの強さになったの?」
自室に戻って来たリュウは、脳内会話を止め、ふとそんなことを聞いた。
脳内会話と言っても、実際にミルクが脳内に居る訳では無く、マスターコアと脳の双方に回線となった細胞が繋がっているだけである。
脳内会話は便利だが、気を抜くと余計な事まで頭に浮かんで自分が何を言っているのかあやふやになる時があるので、リュウはなるべく言葉を口に出して話す様にしていた。
『そうですね……装備で言えば今はドッジさん達より上ですけど、身体能力はミルクのサポート無しでは遥かに劣ってしまいます』
「サポート有りなら?」
『全力なら、ドッジさん達を二十秒以内で制圧できるでしょう』
「マジで!?」
予想外の凄い答えに、リュウは本気で驚いた。
だが、続くミルクの言葉は、手放しで喜べないものだった。
『大マジです。あ、でも、サポートを外した途端、ご主人様倒れますよ……』
「へ? 何で?」
『それはご主人様の本来の肉体部分が、負荷に耐えられないからです。いくら痛覚を遮断しても、筋肉や関節、腱が相当痛むでしょうし、耐えられず骨折や断裂する箇所も有るかも知れません。まあ、それはミルクも望みませんので、実際にはご主人様の安全を考慮して、一分位で制圧する事になりますね』
ミルクの説明にリュウはなるほど、と納得するが、続く言葉にまたびっくりだ。
だが、驚いてばかりもいられない。
「それでも一分なのか……俺、知らん間にすげえ事になってんな……ま、俺って言うよりはミルクが凄いんだけどな」
『ミルクはご主人様のものなんですから、それも含めてご主人様が凄いんですよ?』
ミルクの凄い性能に、少しリュウのテンションが下がる。
ミルクがフォローを入れるが、リュウは負のスイッチが入ってしまった様だ。
「いや、俺なんかただの入れ物じゃん……頭もミルクの方が良いしさ」
『そ、それは違います! ご主人様じゃなきゃ、ミルクは存在しませんから!』
「別の奴に入ってたら、そいつ好みのAIになってるってだけだろ?」
『そんな仮定の話なんてしないで下さい。ミルクはご主人様の中にしか存在しないんですから……』
リュウは自分でもどうしようもなく、負の感情を抑えられなくなっていた。
それはミルクと比べた自分が、どうしようもなくちっぽけだったから。
「俺より凄い肉体の持ち主ならミルクのサポートももっと楽じゃん。俺なんかただのお荷物だよ……」
『お荷物だなんて思ってません! そんな事言わないで下さい!』
ミルクは混乱していた。
一体何がリュウのテンションを下げてしまったのか。
ミルクはリュウの記憶領域を目まぐるしく走査する。
そして今のリュウの感情と同じものを感じる記憶を見つけた。
それは半年ほど前、叔父達がなぜリュウに親切にしてくれる様になったのか、その理由をリュウが知った時の記憶だ。
ミルクはその前後の記憶を洗いざらい読み解き、理解する。
これは不信感だと。
だが、ミルクがそれをどう口にすべきかを検討し、回答するより早くリュウが口を開く。
「はぁ……何で俺、こんな事になってんのかなぁ……」
リュウは負の感情に引きずられる。
突然連れて来られた世界で、ミルクが居なければ何もできない自分。
元の世界に帰れる保証もない。
ミルクに頼り続けなければ生きていけない自分が情けない。
ミルクはリュウのポツリと呟いた言葉に、再び記憶を走査する。
ミルクはその解答らしきものを見つけるが、それでリュウの感情が元に戻るのかは分からない。
ただ、確率は高いと計算されているだけだ。
『あの……ご主人様。チビドラ様とお友達になる為……じゃないでしょうか?』
「あ……」
その言葉を聞いてリュウは思い出した。
チビドラ。
突然リュウの前に現れて、とても懐いてくれた小さな黒いドラゴン。
どういう理由かは分からないが、チビドラがここにリュウを連れて来たのは間違いない。
ここの世界の人達は星巡竜と会話ができるという。
ならば、ここなら自分もチビドラと話せるのかも知れない。
あの時何があったのかを聞けるかも知れない。
いや、そんな事よりも、どこに居るのか探さねばならない。
自分から友達になろうと言って、握手までしたじゃないか……と。
『あの……ご主人様。ミルクはただのAIで、ご主人様の道具です。ですから、ミルクの事で、そんなにご自分を卑下なさらないで下さい。ミルクは……人の様に振舞う様プログラミングされた機械なんです。あの、ミルクはご主人様に信用して頂ける様に頑張ります……から、その、ご自分を傷つける様な事は言わないで下さい』
ミルクは自身の演算能力で、リュウの感情が上向きになる確率を弾き出しながら、慎重に言葉を紡いでいく。
それはまるで、言葉を間違えたら叱られるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、と心配しながら話す女の子の様だった。
「ブブー。信用してるっつーの。何でそんなセリフになったんだよ、最後」
『え、それはご主人様の感情が、不信感だと……』
「それはお前に対してじゃねーよ。不甲斐ない俺自身にだよ……」
『不甲斐ないなんて事ありません! ご主人様は――』
「ストーップ! まぁ、それはいいよ、ミルク。だけど、ありがとな」
言葉の中に計算が見え隠れする人は、あざといなどと言われるが、ミルクのそれが見えるはずもなく、無事にリュウの心に届いた様だ。
照れ隠しのつもりか、リュウは少しおどけた口調でミルクの選択ミスを指摘する。
そしてやはり恥ずかしいのか、言葉をはぐらかすとポツリと感謝を口にした。
大事な事を思い出させてくれた、自分には勿体ない優秀過ぎるAIに。
『いえ、そんな。もっと勉強します、ご主人様』
そう言ってミルクは、自身の選択と結果を検証する。
だが、その演算速度はミルク自身気付かないが、自身最速という結果を叩き出していた。
それは、褒められていい結果を出す子供の様であった。
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