09 囚われたアイス

 軍施設がぐるりと取り囲むエルナ山の麓、研究施設から北西へ一キロ程の位置には軍の兵器開発局があり、様々な兵器が昼夜を問わず研究、開発されている。

 そして試作された兵器は山の麓の実験場でテストされ、パスした兵器は正式に手続きされて兵士の手に渡っていく。


 実験場の脇の山の斜面にはぽっかりと直径三メートル程の穴が開いており、なだらかに下りながら東へと延びる洞窟になっている。

 それはやがてアインダークらが捕らわれている大空洞に続くが、その手前に大きな両開きの扉が付いており、大空洞の対極する位置にも同様の扉がある。

 対極側の扉の奥へと進むと上へと通じるエレベーターが有り、最初に辿り着くのがアインダークらを監視する研究室であり、元は大空洞での爆発物実験の観測を行っていた所だ。

 更に通路は先へと枝を伸ばし、上階の研究施設へと続いているのであった。


 監視を兼ねた研究室からそう遠くない場所では、多数の兵士達が数人掛かりで何かの機材を運んでいた。


「エクト中佐、今回の搬入は以上となります」

「わかった。パストル博士以下、研究員十名も連れて行け」

「は。直ちに」


 エクト中佐の指示を受けた兵士が、パストル博士ら研究者を連れ、機材を運ぶ兵士達の後に続いた。

 通路はやがて、一辺が六メートル程の立方体の空間に出た。

 通路は立方体の中心を貫く様に、そのまま反対側の壁まで進むと、右に直角に折れる下りの階段となって、立方体の底面へと兵士達を届けた。


 立方体の底面、つまりは床になるが、そこには直径四メートルの真円の鏡の様な池が中心に配置され、兵士達はその脇に辿り着いた形だ。

 兵士達は、次々に運び込まれる機材を、慎重に床に置いていく。


 全ての機材が運び込まれると、兵士達は再び数人掛かりで機材を持ち上げ、中心の池に入って行く。

 だが、池に足が沈み込む事はなく、彼らは水面に立っていた。

 水面は鏡の様に下から彼らを映すが、その表面は本当の水面の様に揺れている。


 やがて池の周りに正三角形を描くように配置された三つの石板が輝きだすと、機材を持った兵士達は波も立たせる事なく池に沈み、そのまま浮かんでは来なかった。

 残りの兵士達も驚く事はなく、次々と同様に池に消えていく。

 それを通路に並んで見下ろしていたパストル博士以下の研究者達は、その光景を初めて見たのか大層驚いていたが、案内の兵士に促され、次々と不安な表情のまま鏡の池に消えて行った。










 軍事施設の南端、首都グランエルナーダとの境には、施設の南ゲートが有り、真っ直ぐ北に向かって道路が伸びており、政治や軍事の中枢を抜けると研究施設になっている。

 その長さ三キロ程の道路の中程には、道路を遮る様に白亜の建物が立っている。

 縦横二十メートル、高さは四階しかない平たい形状の建物だが、周囲には必ず兵士が警備しており、重要な建物だという事が分かる。

 道路はその建物を左右に迂回する形になっているのだ。

 その建物は個人の所有物であり、その人物とはヨルグヘイムである。


 その一階は広いホールになっており、正面奥には幅の広い階段があり、上り切った所からこれも幅広く一階ホールを見下ろすようにテラスがぐるりと伸びている。

 階段を上り切った正面には豪華な両開きの扉があり、その奥は居間になっている。


 今、その豪華な応接セットにはヨルグヘイムが足を組んでゆったりと座っており、向かいのソファには二人の軍人が腰掛けていた。

 二人とも初老の男だが、一人は背筋の伸びた細身のゼオス中将、もう一人は対照的に肥え太ったソートン大将である。


「ヨルグヘイム様。お陰様で資源の心配はせずに済みそうでございます」

「ああ、その事か。構わぬ……と言いたいが、最近、動員する兵が多くはないか?」

「それなのですが、大きな鉱脈がございまして、少々梃子摺てこずっております」

「ソートン殿。レジスタンスの動きが小さいとは言え、油断は禁物ですぞ」

「分かっておるよ、中将。だが今は鉱脈の方が厄介なのだよ」

「それはどういう意味ですかな?」

「うむ、鉱脈の周辺には奇っ怪な獣が多数おってな。手を焼いておるのだ」


 ソートン大将は勇猛で知られた人物であったが、年を取り体の衰えもあって近年は退役後の生活の為か保身に走る事が多く、ゼオス中将にうとまれていた。

 ゼオス中将は、自身が軍を掌握する方が遥かに有益だと思うのだが、それでも大将という肩書をないがしろにする訳にはいかず、ヨルグヘイムに助力を乞うたのだ。

 ヨルグヘイムも有能なゼオス中将を気に入っており、ゼオス中将では到底思い付かない方法でソートン大将を閑職に回したのだった。


 エルナダは度重なる戦争やレジスタンスとの長き戦いで、その資源を急速に減らしていた。

 彼らは滅ぼした広大な土地に人員を派遣し、資源の回収に努めたが、それでも資源はそうそう増えるものではなかった。

 そこに目を付けたヨルグヘイムは、自身の竜力で転移装置を用意し、他の惑星と繋いだのだ。

 そして、その回収任務にソートン大将を自ら任命したのである。


 ソートン大将はヨルグヘイム直々の任命とあって、断る訳にもいかず渋々その任に着いたが、その転移先で見た世界の文明レベルの低さに新たな野心に目覚めていた。

 その野心とは、転移先の世界の征服であった。

 その為、彼は自身の部下や科学者を転移する度に少しずつ転移先に残し、準備を進めていたのだ。


「ほう。奇怪な獣か……どれ……」


 ヨルグヘイムがソートン大将に手をかざすと、ソートン大将の頭に光がまとわりついた。

 それはすぐに霧散し、ヨルグヘイムは再び口を開いた。


「ふむ。これは魔獣だな」

「魔獣……でございますか?」

「そうだ。その身に魔力を纏い、様々な攻撃、防御手段を持っている。とは言え、そなたらの武器には歯が立つまい。油断すれば狩られるかも知れんがな」

「我らの星以外にも、様々な生物が居るのでございますな……」


 ヨルグヘイムはソートン大将から該当する記憶を読み取り、二人に説明する。

 その言葉を疑わないゼオス中将は、星々を巡る星巡竜という目の前の存在の大きさを改めて認識しつつ、感想を口にした。

 対するソートン大将は、自身の野心も見抜かれたのではないか、と冷や汗を流していたが。


「そうだな。だが、どれも取るに足らん存在だ。これに比べればな」


 ヨルグヘイムはそう言うと、背後の大きな机の端に乗る、布を被せた四角い物体に向かって振り返りもせず、右手を軽く払った。

 ヨルグヘイムの位置から机までは数メートルはあるのだが、彼の手の動きに合わせて布が取り払われた。

 そうして出てきたのは鳥籠の様な檻であった。

 そこには、怯えて震える星巡竜、アイスの姿があった。










 大空洞の檻の中では悲しみに暮れるエルシャンドラと、それを慰めるアインダークの姿があった。


「エルシャ……気をしっかり持つのだ。いずれ訪れる転機を掴み損ねぬ為にもな」

「あなた……でも、アイスがどんな目に遭わされているか……」


 アインダークらはリュウが連れ去られた後に訪れた、ヨルグヘイムによってアイスを奪われてしまっていた。

 勿論、彼らは抵抗しようとしたが、結界の力と、ヨルグヘイム自身の力によって何も出来はしなかった。

 その力の量は、アインダークですら異常とも思える程だったのだ。

 ヨルグヘイムがその気になればその場でアインダークもエルシャンドラも倒されていたかも知れなかったが、ヨルグヘイムはアイスを奪うと去ってしまった。

 その不自然さに、アインダークは結界に何か仕掛けがあるのだろうと見当を付けたが、それ以上は何も分からず仕舞だった。


「いや、成人するまでは何もすまい。奴にもそれまでは何をしても意味が無い事くらい分かっておろう。だから力を振るえる時が来るまでは耐えるのだ」


 実際にヨルグヘイムとの戦闘になれば、その勝敗はアインダークにも分からない。

 だが、アインダークにはエルシャンドラが居る。

 その為にも、エルシャンドラには今を耐え、来る時には協力してもらわねばならない。

 ヨルグヘイムがアイスに手出しせずにいるかどうかは、本当のところアインダークにも分からないが、今はそう言うしかなかった。


「……許せない……」

「エルシャ?」


 エルシャンドラの呟きに、アインダークは周囲の温度が下がった気がした。


「私がこの手で葬って差し上げますわ……」

「エ、エルシャ、分かった。分かったから、我を睨むのはよせ……」


 顔を上げたエルシャンドラが、アインダークを見つめ、決意を口にする。

 だがアインダークには、薄く笑うエルシャンドラが自分を睨んでいる様にしか見えなかった。

 アインダークはエルシャンドラがどういう状態であれ、宥めるという立場は変わらないのであった。

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