06 レジスタンス

 リュウが案内された部屋には、ロダ少佐の他に二人の男が待っていた。

 リュウは勧められるままに椅子に座った。

 向かって右にロダ少佐、正面に初老の男、左に痩せた男がテーブルを挟んで座ると、ロダ少佐が口を開いた。


「司令、この少年はリュウ・アモウ。ドッジの話によると、研究施設から解放される際に、廃棄されるレジスタンスの遺体として同乗する事になったそうです。が、途中で息を吹き返し、そのまま連れて来たと。そして……この星の人間では無い……との事です」

「本当かね!? むう、にわかには信じがたい話だが……っと、すまない。ここの司令をやらされておるホルトだ」

 

 正面のホルト司令は驚いた顔でロダ少佐を見た後、難しい顔で考え込みそうになったが、思い出した様にリュウの方を向くと、いたずらっぽい表情で名を名乗る、なかなか表情豊かな男だ。

 しかしそんな挨拶には馴れているのか、左の男が気にもせず質問してきた。


「私はセグだ。階級は大佐……今の話は本当かね? リュウ・アモウ」

「えっとドッジさんに話した事は本当です。地球……えっと俺の居た星で、星巡竜……でしたっけ、に会って……連れて来られたらしいんです」


 セグ大佐はやや神経質な印象だが、その口調は落ち着いた感じだ。

 だが、リュウがここに来た経緯を推測ながら話すと、その様相は一変した。


「なにっ! 星巡竜だと! まさか、ヨルグヘイムの――」

「落ち着きたまえ、大佐。それなら彼が自分からそんな事を言う訳があるまい」

「は、失礼しました。済まない、リュウ・アモウ」

「すまないね、リュウ。彼はヨルグヘイムに何人も部下を殺されているからね……」

「は、はぁ……」


 セグ大佐に烈火の如く睨まれて、ビクッと驚くリュウ。

 しかしすぐ隣から、まるで動じもしない穏やかな声でホルト司令が声を掛けると、セグ大佐は即座に謝罪した。

 ホルト司令からセグ大佐の怒りの理由を聞かされるリュウだが、セグ大佐の変わり身の早さに言葉が出なかった。


 その後、リュウは背中に衝撃を受けて気を失ってから、ドッジ中尉らに色々教えてもらいながらここへ来た事をなるべく細かく伝えた。


「ふむ、君の言葉が真実なら、その小さな竜は間違いなく星巡竜という事になる……か」

「ヨルグヘイム以外の星巡竜が来た、という先日の噂は本当だったんだな」

「ただ、別の星の人間まで連れて来て、細胞実験に使うというのは……」

「そうだな……わざわざそんな手間を掛ける意味が分からん」

「その小さな星巡竜とヨルグヘイムは無関係……という事も有り得るのか?」

「情報が足らんな。大佐、済まないが……」

「分かっております、司令。直ちに内部の者に調査させましょう」


 ホルト司令もドッジ中尉と同じくチビドラが星巡竜だと結論付け、セグ大佐は先日から出回っていたらしい噂に確信を得た様だ。

 だが、ロダ少佐の疑問と、それに同意するホルト司令に、セグ大佐は単純に強大な敵が増えたと思っていた噂が、実は違うのかも知れないという事に気付く。

 セグ大佐は、ホルト司令の言葉を聞くまでもなく、噂の重要性に気が付いていた。

 彼は、ヨルグヘイムと新たな星巡竜が無関係であった場合、味方に付ければヨルグヘイムを倒せるかも知れない、という所まで思い至っていたのだ。

 そしてセグ大佐は、真剣な眼差しでリュウを見据えると、口を開いた。


「リュウ・アモウ。君は……君の星、地球……だったかね、そこでその小さな星巡竜に食事の世話をしたんだったね」

「はい。出会った日と、次の日だけですけど」

「その時の星巡竜の様子はどうだったかね?」

「様子……ですか? えっと、普通に食事は食べてくれましたけど……」

「他には何かしたかね? 会話とかは?」

「会話って……言葉は通じませんでしたから……食事の後に撫でたりしてたくらいです」

「撫でた……ふむ、その時の星巡竜の様子はどんな感じだったかね?」

「え……『クルルルルゥ』って鳴いて懐いてくれてる感じでしたけど……?」

「そうか、よく判った。君はここで客人として遇しよう。司令よろしいですね?」


 セグ大佐は落ち着いた口調で次々にリュウに質問すると、納得したのかコクリと頷き、リュウに寛大な処遇を即決し、司令に同意を求めた。


「もちろん、構わんよ。リュウ、よろしくな。少佐、皆にも教えてやってくれ」

「は、司令」

「よ、よろしくお願いします」


 ホルト司令は、当然とばかりにセグ大佐の決定を了承した。

 これにより、リュウの当面の安全は保障される事になった。


「あの、質問してもいいでしょうか?」

「ん? 何かね?」


 リュウは当面の不安が解消されたところで、先程からずっと気になっていた事を聞く事にした。


「あの、地球とこの惑星ナダム……どうして言葉が通じてるんでしょう?」

「そう言えば……そうだな。どう思う?」


 リュウはドッジ中尉から別れ際に言われたセリフを思い出していた。

 つまり、こっちの人達も日本語を話している事に気付いたのだ。

 本来なら、地球以外にも知的生命体が存在した、しかも地球人と同じ人間で、同じ様に文明を持って暮らしている、というだけでも世紀の大発見という驚愕の事実なのだが、余りにも普通に会話してしまっている為、そこに意識が行かず、日本語が通じている! と驚いている訳である。


「そうだな、星巡竜は神というべき不思議な力を持っている。だから、これは推測でしかないが、君にも星巡竜の力が働いているのではないかな?」

「うむ。我々の使うエルナダ語と君の……地球語とでも言うのかな、それが同じ言語とは思えんな。であれば、星巡竜の力でお互いの意思疎通が図られている、と考えるのが妥当なところだろうな」

「はぁ……」

「はっはっは、難しく考えても仕方なかろう。何にせよ、言葉が通じてお互い助かるのは間違いない。小さな星巡竜様に感謝だのう」


 ロダ少佐が推測し、セグ大佐がそれを肯定する。

 推測の域を出ない回答に、リュウは曖昧な返事しか返せない。

 だがホルト司令の言葉に、それもそうかと思う事にした。

 ロダ少佐、セグ大佐の推測はその通りであった。

 エルシャンドラに与えられた知識の力で、リュウはこの星の……正しくは自身が知らない言語が理解できるし、また、自身の言葉も相手に疑問を感じさせないレベルで影響を及ぼしているのである。


「他に質問は有るかね?」

「いえ…」

「ロダ少佐、リュウを君の所で預かってもらえないか?」

「了解です。では私の所で、一人付けましょう」

「では、リュウ。長い時間済まなかったな。ゆっくり休んでくれたまえ」


 その後、リュウの身柄はロダ少佐の部隊で預かる事が決まり、ホルト司令の言葉でその場はお開きとなった。


「リュウ。君は礼儀正しいな」

「いえ、まだ緊張しているだけですよ……」

「そうか? 君にはちゃんと個室を用意するから、ゆっくり休むと良い」

「ありがとうございます」

「うん。それと、君にドッジ中尉を付ける。何かあれば彼に聞くと良い」

「あ、助かります。けど……いいんですか?」

「何がかね?」

「その、皆さん戦ってるんですよね? 軍人さんを付けてもらっていいのかな……と」

「ここは前線じゃないから、心配無用だよ。私としては客人に可愛い女の子を付けてあげられなくて心苦しいくらいだよ。ここは女っ気が無くてね」

「いやいやいや、そんなの全然構いませんから!」


 慌てるリュウに笑いながらロダ少佐は、自身の部隊へとリュウを案内した。

 リュウは個室を用意される事と、少しでも顔見知りのドッジ中尉が付いてくれると聞いて、慌てながらも胸を撫で下ろすのだった。

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