07 ミルク
レジスタンス第三機械化部隊所属サウスレガロ支部第一小隊
それがロダ少佐が率いる部隊だ。
部隊長だった大尉の戦死で、本部で中隊を指揮していたロダ少佐が、サウスレガロ支部にやって来た時は八十名居たこの小隊も、今や二十名を切るまでに数を減らしている。
ほとんどの者は戦場で散り、捕虜になった者のほとんどは人体実験の犠牲となった。
今回解放された者達が帰って来なければ、部隊は解体される予定になっていた。
そんな話をドッジ中尉に聞かされたリュウは、与えられた部屋のベッドに寝転びながら、今まで無縁だった戦争という行為を分からないながらも考えていた。
『あ、あのぅ……ご主人様ぁ?』
「へ!? 誰!?」
突然の少女の声に、リュウはベッドから跳ね起きた。
しかし部屋には自分しか居ない。
与えられた部屋はゆったり寝られるベッドと、同じベッドがもう一つ置けるくらいの広さしかない。
『驚かないで聞いてくださいねぇ? 今ぁ、ご主人様のぉ、頭の中から話し掛けてますぅ』
「……マジでぇ!? てか……ご主人様って……俺?」
驚かないでと言われても、そんな訳にいかないリュウは思わず声が大きくなる。
『もちろんですぅ! あ、声が大きいとぉ、怪しまれちゃいますよぉ?』
「あ、うん。もしかして……夢かこれ?」
声の大きさを注意されて、素直にトーンを落とすリュウ。
ありえない状態に現実逃避を図ってみるが、そうはいかなかった。
『夢でもお会いしましたねぇ、ミルクですよぉ?』
「は? ミルク? ダークヘブンの?」
ダークヘブンとは、リュウがハマっていたMMORPGだ。
ゲームの内容はともかくキャラクターメイキングが凝った作りで、あーでもない、こーでもない、と作り直し、インストールしてから満足のいくキャラが出来るのに四日も掛かったのは良い思い出だ……。
『はい! ご主人様に創造して頂いたミルクですぅ!』
「これ……どういう仕掛けなの? エルナダで流行ってる詐欺なの?」
嬉しそうに答える少女の声に、まるで信じられないリュウは、エルナダの民に怒られそうな事まで言い出した。
『詐欺じゃないですよぉ! もう……ちょっとそこの端末の所に行ってください!』
「端末? あ、これコンロじゃないのか……」
まるで信じてくれないリュウに、AI「ミルク」はベッド脇の端末にリュウを誘導する。
シングルタイプのIHクッキングヒーターだと思っていたそれを、端末と言われて改めてリュウが見てみると、確かに手前にはキーボードらしき物が付いている。
だがディスプレイが見当たらない……。
『そこに座ってください。右の電源ボタンを押して、左のカバーを開いてください』
「んと、これか? おお!?」
声に素直に従うリュウ。
ヒーターだと思っていた平面部分の上の空間に文字が浮かび上がる。
「すげえ、3Dプロジェクター? ホログラムだっけ? おーこれは格好いい!」
空間に浮かぶ見慣れぬ文字が……読める。
何故読めるのかは、難しく考えても仕方ないというホルト司令の言葉を思い出して今は置いておき、文字の浮かぶ空間に少しの間、手を出し入れしたリュウは、左側のカバーを開いた。
そこには小さな端子があった。
『いいですか、ぜーったいに驚いて大声出さないでくださいね?』
「何がだよ?」
『いいから! 約束してください!』
「わかったよ。驚いても声は出さないようにする」
何をするかも分からないのに、声を出すなと念押しされるリュウ。
半ば諦め気分で、約束する。
すでに最初の驚きを克服しているのは、その声が可愛らしいからだろうか……。
『約束ですよぉ? じゃあ、そのターミナルに左手の人差し指をくっつけてください』
「こうか? ッ!? ちょっ………」
更に念を押しながら指示してくる可愛い声に従うリュウ。
ちょっと顔がニヤけているのは仕方ないのだ。
しかし、リュウが端子に指を付けた途端、リュウは声を上げかけ、慌てて右手で口を塞いだ。
リュウの指先から銀色の液体が
端子を覆った液体は、瞬時に液体から硬さを持つ金属に変わり、指と端末を固定してしまった。
『いいですかぁ、ご主人様ぁ? 見ててくださいねぇ?』
リュウがコクコクと頷くと、文字の浮かんでいた空間に苦労して作り上げたミルクの立体映像が、リュウに向かって手を振っていた。
「こ、これって……ミルク……動いてる。すげえ……可愛い……」
「可愛いだなんてぇ、嬉しいですぅ。ね、ミルクでしょう?」
ゲーム中でもミルクは動くが、基本モーションや戦闘モーションくらいしか動かない。
それが、滑らかに手を振り、頭の中ではなく目の前の立体映像に切り替わった声に合わせて、口まで違和感無く動いている。
しかも会話が成立しているのだ。
リュウは見惚れつつ、コクコクと頷く事しかできない。
「信じてもらえた様なのでぇ、ご主人様の身に何が起こったのか、説明しますねぇ?」
「………」
「ご主人様? 帰ってきてくださーい」
「お? りょ、了解」
フリフリ愛嬌を振りまきながら話すミルクに、しばし見惚れるリュウは、現実に引き戻されると、説明に耳を傾けるのだった。
「人工細胞の人体実験って……マジかよ……俺の中に……」
「はい……。あのぅ、ショックでしょうけどぉ、ミルクはご主人様の味方なので、絶対危険はありませんから、安心してください……ね?」
この星の簡単な歴史や科学力、サイバネティクス技術、人工細胞とは何か、そして研究室でリュウに行われようとしていた事、マスターコアの変質によってミルクが生まれ、今に至る事を聞き、リュウはショックを受けるのだが、余りにも現実離れした話に、それを悲しんでいいのか怒ればいいのかすら分からない。
立体映像のミルクはそんなリュウを心配そうに見つめるが、実際には体内のAIがリュウの脳にアクセスして状態を観察し、最適行動を端末に反映させているだけだ。
だがそれでも、リュウを心配している事に変わりは無く、慰めの言葉を掛ける。
「いや、だって、最初は俺を乗っ取るつもりだったんだろ? またいつ変わるか分かんねえじゃん……」
「いえ、マスターコアが変質した原因は今はもう無いのでぇ、ミルクが変質する可能性は無いんですよぉ」
「そんなの分かんねえって……例えば、今こうして端末に繋がってる状態でハッキングされる可能性だってあるだろーが」
「それも、現時点では無いですよぉ。だってミルクはぁ、この星最新最速のAIなんですよぉ? ウイルスなんか逆にミルクが食べちゃいますよぉ」
「マジで?」
「大マジですよぉ!」
まだ人工細胞やAIを信じられないリュウは、ミルクの言う安心なんて当てにならないと反論するが、詳しい知識がある訳でもないリュウは、ミルクの言葉にすぐに手詰まりになった。
「んで、これからどうすりゃいいんだよ……?」
「え、それはぁ、ご主人様に決めて頂かないとぉ、ミルクも困ると言いますかぁ……」
「えー、地球を遥かに上回った科学の星の、最新最速AIなんだろ?」
「それはそうですけどぉ、ミルクはご主人様の決定に従うだけですぅ。まぁ、今後を予想してぇ、いくつか選択肢をご提示する事はできますけどぉ……今はまだ大した選択肢が無い状態ですのでぇ、待つしかないかと思いますぅ」
とりあえず、これ以上安全性については議論にならない、とリュウは今後をどうすべきかミルクに尋ねるが、それはミルクも困るらしい。
それに今は、リュウ自身色々と整理しなければならない為、ミルクの言う様に待つしかなさそうだ。
そしてリュウは思い出したかのように、ポツリと呟くようにミルクに問い掛ける。
「それにしても……地球に帰れるのかな?」
「う……そ、それはぁ……ちょっと厳しいといいますかぁ……」
ミルクの歯切れが悪くなり、立体映像もシュンとしている。
「何で? 地球よりすごい宇宙船とかあるんじゃないの?」
「それがぁ……地球のような宇宙研究というのはぁ……この星ではほとんど……」
「マジで?」
「マジですぅ、ごめんなさぁぁぁい」
どうやら、この星の科学は優れてはいるが、非常に偏っているらしい。
リュウは謝るミルクを宥めるが、その顔はデレっと崩れていた。
いちいち可愛いのだ、立体映像が。
そこでリュウは、一先ず難しい事は置いといて、ミルクの事を聞き始めた。
「な、なぁ、ミルク。ちょっと聞きたいんだけど、どうしてAIモデルそれにしたの?」
「それはですねぇ、ご主人様の記憶からぁ、好みの高い物を選択した結果ですぅ」
「それだとさぁ、もっとエロい記憶とかは……どうなってんの?」
「それも抽出されましたけどぉ、ご主人様が十六才なのでぇ、破棄しましたぁ」
「破棄!? 記憶から消したの!?」
「いえいえ、抽出データから削除しただけでぇ、記憶を消したりしませんよぉ」
「あーびっくりした。でもその気になれば消せるって事か……」
「ミルクはぁ、そんな事しませんよぉ!」
どうやらミルクはリュウの記憶を閲覧、抽出できるらしい。
それを自分なりに選択した、という事の様だ。
で、ミルクの言葉を信用するならば、削除はされないらしい。
因みに惑星ナダム唯一の国家、エルナダには十八禁というものは無い。
ミルクがリュウの記憶から日本の文化や法律を読取り、日本の法律に則って対処したのだ。
「じゃあさ、なんでご主人様って呼ぶの?」
「え、だってぇ、ご主人様……好きですよねぇ? メイドとかぁ……」
「わかった! 言わなくていい」
自分で聞いておいて、返答に慌てるリュウ。
リュウは自分の黒歴史を見せられた気分になった。
現在進行形なのであるが。
「あのぅ、気に入らなければ他の呼び方に変えますけどぉ……?」
「あ、うーん。でもまぁ、今更だよなぁ。呼び捨てにされたら腹立つし」
「そんな事しませんよぉ。では、これからよろしくお願いします、ご主人様ぁ」
「あ、うん。よろしく。あ……」
そして、呼び方を変えると言われて、ちょっと悩むも、はっきりとは口にせず現状を維持しようとするところに、リュウの根の深さが見える……。
ミルクは最後にとびきりの笑顔で挨拶すると、端子との接続を解除した。
立体映像が消え、急に辺りが静かになった。
その後すぐに、ドッジ中尉から夕食に呼び出され、リュウは部屋を後にするのだった。
食堂では研究所から解放された皆が集まっていた。
もう既に食事を始めている者も何人かいる。
リュウも皆の真似をして、トレーを持って食事を受け取り、ドッジ中尉の向かいに座った。
食事は豆類とスープ、果物という質素なものだったが、豆の味がとても美味いと思ったリュウは、おかわりしても大丈夫と聞いて、二度もおかわりした。
食事についてはバリエーションは少ないが、量は豊富にあるとの事だった。
ドッジ中尉曰く、貧困で戦っている訳ではなく政府転覆の為の戦いだから、という事らしい。
何せエルナダ以外の国など無いのだ。
土地は無駄に広く、特に豆類は環境の変化に強く、豊富に取れるとの事だった。
食事をしながらリュウは、ふと皆の雰囲気が変わっている事に気付いた。
欠損部位が無いのだ。
「あの、皆さん腕が……」
「おお、これか? 部屋に一つは置いてあるんだよ。無いと不便だからな」
話を聞くと、普段は普通の腕を接続し、戦いになると武器を取り付けるのだそうだ。
何それ、かっこいい! というリュウに、何人かがたまたま持っていた武器を実際に付けて見せてくれた。
肘から先が銃になっていて、銃口が二つだったり、三つだったり。
連射に特化したものや、種類の違う弾丸を使用できたり、銃の横から剣が出てきたり。
どれもバリエーションに富んだ仕様になっていた。
食事とは大違いだ。
目をキラキラさせてそれらを見るリュウに、兵士達は自慢げにあれこれ語って聞かせ、賑やかな夜は過ぎて行くのだった。
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