05 目覚め

 車両に揺られながら、レジスタンス達は思い思いの格好で荷台に座っていた。


「本当に若いな。眠ってるみたいだ……」

「ああ。だが……この少年、移民系みたいだが……レジスタンスに見えるか?」

「そうだな。ズボンも靴もなんか……見たこと無えし、何より顔が綺麗すぎるだろ……」

「だよなぁ。普通、傷の一つや二つは有るもんだぜ」

「こりゃあ、探しても無駄か?」

「かも知れねえなぁ」


 横たえられた少年の傍に居たレジスタンス達は、少年の服装や顔立ちに疑問を感じていた。

 やがて車両はスピードを落とし、待機していた別の車両の前で止まった。

 いくら解放してもらえるとは言え、レジスタンスの拠点を教える訳にはいかない。

 なので、こうしてレジスタンス側の迎えの車両に乗り換えるのだ。

 乗り換えが終わるとレジスタンスの車は更に南へ走り、周到にルートを変えて拠点の一つに戻るのだ。


 レジスタンスの車両に乗り換えてからの捕虜達は、さすがに表情を明るくし、笑い声も聞こえる様になっていた。

 まぁ、そんな空気は、すぐに凍り付く事になるのだが。


《車両検索……旧式マーブⅡ型》

《――レジスタンス所有ノ確率、八十九パーセント》

《推測……捕虜解放ノ確率、九十四パーセント》

《意識覚醒ニヨル危険度、八パーセント》

《記憶領域検索……該当データコピー》

《人格モデル構築……完了》

《これよりぃ、意識の覚醒を試みまぁす》

『ご主人様ぁ、起きてくださぁい。リュウ様ぁ、起きてほしいなぁ』


 AIのデータベースには、作成者のドクターゼムによってエルナダのあらゆる項目がインプットされている。

 それによりAIは、車両を乗り換えた事でリュウの身が危険から遠ざかったと判断した。

 その為、AIは失った人格モデルをリュウの記憶からリュウが最も好むであろうと推測したものを抽出し、再構築する。


 アイスの竜力によって生まれ変わったAIは、偶然の助けも有ったとは言えアイスの望み通りリュウを守ったのだ。

 そしてリュウの意識を覚醒させるべく、リュウ好みの人格モデルをまとったAIは、周囲に聞こえる事の無い様に脳内で呼びかけるのであった。


「なあ、今、その死体、動かなかったか?」

「おい、やめろよ! 俺はそういうの苦手なんだよ!」

「車の振動だろうがよ! 脅かすなよ!」

「おかしいなぁ……」

「死体が動く方が、おかしいだろうがよ!」


 少女の甘い呼びかけで、意識が浮上し始めたリュウ。

 ぴくりと動いた体に、たまたま見ていたレジスタンスの一人が声を上げた。

 周りに居た連中は、その屈強そうな風貌に似合わずホラーは苦手らしかった。


『ご・主・人・さ~ま! ミルクですよぉ~! 起きてくださぁ~い!』

『……ん……みるく……?』


 新型AIは『ミルク』という名前らしい。

 これはリュウがハマっていたオンラインゲームの中でも、特にこだわって作ったキャラクターだ。

 名前は悩んだ挙句、手元に有った牛乳を見て付けただけだが。

 決して作ったキャラが巨乳だったからではない。

 その記憶をAIは読み取ったらしい。

 しかし、効果はあった様だ。


『そうですよぉ~、起きてくださぁ~い』

『あれ……なんで……ミルク喋ってんの……?』


 もう一息、とばかりに呼びかけるミルク。

 ミルクと言われてキャラクターを思い出すものの、ボイス機能は無かったはず……とリュウの意識はかなり浮上してきていた。

 ミルクはリュウの意識の覚醒を確信して、止めの一言を放った。


『そんな事よりぃ、門限に遅れますよぉ~?』

「っ! 門限! やべえ!!」

「うおおおおおっ!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

「ぎゃあああああ!」

「出たぁぁぁぁぁ!」

「うおっ!? 何!? 何なんだ!?」


 叫び、飛び起きたリュウ。

 情けなく、叫び飛び退く荷台の屈強な男達。

 一瞬にしてリュウの周りだけ空間が出来上がり、男達は荷台の淵に固まっている。

 男たちの叫び声に、リュウもまた驚き混乱する。


「な、何なんだ、じゃねえよ! し、死体が起きるなよ!」

「は!? 死体? んな訳ないでしょーが!」

「お、おい、兄ちゃん、本当に生きてんだな!?」

「何、言ってるんですか……生きてるに決まってるでしょう……?」


 屈強な男達の怯えながらの抗議に、リュウは怪訝な顔で憤慨した。










 数分後、車両の荷台の面々は落ち着きを取り戻していた。


「そ、そうだったんですか、それはご迷惑を……」

「おう、分かってくれたか……」

「こんな事ってあるんだなぁ……」

「心臓に悪い……」


 男達からこれまでの説明を受け、リュウは驚きつつも謝罪した。

 男達もどこかほっとした様子だ。


「あの……それで、ここは一体何処なんです? あと……皆さんは……?」


 リュウは落ち着きを取り戻しはしたが、今度は見慣れぬ風景や明らかに外国人風の容貌の男達が何者なのかが気になった。

 よく見ると、皆どこかしら体の一部を欠損しているのも気になる。


「ここは……今は、ノースレガロを南に向かってるところだな……」

「俺たちは見ての通り、レジスタンスよ……運よく解放されて戻るところだ」

「さ……さっぱり分かんないんですけど……」


 男達の説明がまるで理解できないリュウ。

 更に質問を続けるうちに、驚愕の事実が判明する。


「惑星ナダム……ここ……地球じゃないんだ……」


 なんとかそれだけを口にして呆然とするリュウに、今度は男達が話し掛けてきた。


「なあ、兄ちゃん、この星の人間じゃないのか?」

「何が有ったのか話してみろよ。もしかしたら何かわかるかも知れねーしな」

「あ、はい……」


 男達はその風貌に似合わずリュウの事を心配してくれた様子で、リュウのこれまでの経緯を聞いてくれる様だ。

 リュウもその言葉に自身に起こった事を話し始めた。


「それ、星巡竜様じゃないのか?」

「ああ、俺もそう思う。兄ちゃんは星巡竜様に連れて来られたんだぜ、きっと」

「星巡……竜ですか、それって一体何なんです?」

「まぁ……俺達も詳しくは知らねえが、早い話が神様みたいな存在だな」

「ヨルグヘイムは邪神だろうけどな……」

「ははは、違えねえぜ」


 リュウが更に詳しく聞いたところ、チビドラはどうやら星巡竜という神様みたいな存在で、星から星を旅しているらしい。

 この惑星ナダムにもヨルグヘイムという星巡竜が遥か昔から住んでいて、この国以外の国を全て滅ぼし、今はこの国の独裁政権と結託して、なにやら悪事に勤しんでいるらしい。

 そして親切に色々教えてくれる男達は、そんな独裁政権の圧政から国民を救おうと国家転覆を図るレジスタンスという事だった。


《神様? チビドラが? 慌ててご飯喉に詰めるような神様? ありえね~》


 リュウがそんな事を思っていると車両は坂を下り始め、そのままトンネルに入っていく。


「あー、やっと帰って来れたな」

「兄ちゃん、この先は俺達の拠点がある。一応口添えしてやるが、自分でもちゃんと答えるんだぜ?」

「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」

「おう。そうだ、俺はドッジだ。兄ちゃんは?」

「あ、リュウです。天生あもうリュウ」

「アモウが名前か? リュウって、星巡竜の竜か? またご大層な苗字だな」

「あ、いえ、逆です。リュウが名前です」

「あー、んじゃ、リュウ・アモウだな。どっちにしろご大層な名前だな!」


 ドッジとリュウが話している間に車両はトンネル内で止まり、トンネルの壁にあるドアから何人かの兵士が近づいてきていた。

 ドッジが話を終えて豪快に笑いながら車両の荷台を降り、近づいて来た将校に敬礼し、何やらリュウを指差して話している。

 リュウはその様子を見ながら他の一緒に乗って来た人達と挨拶を交わし、車両を降りた。

 ドッジと話を終えた将校が、リュウの元にやって来る。


「ロダ少佐だ。ようこそ、サウスレガロへ。ドッジ中尉から話は聞かせて貰った」

「は、はい。リュウ・アモウです」

「うむ。済まないが、もう少し詳しく話を聞かせてくれないかね?」

「分かりました」

「では、付いてきてくれ。と、その前に着る物が必要だな……」


 ロダ少佐は三十代前半の物腰の柔らかい優しい目をした人物だった。

 いかつい風貌のドッジ中尉が面倒見の良い兄貴なら、落ち着いた雰囲気のロダ少佐は勉強を見てくれる頭の良いお兄さん、といった感じだろうか。

 一目で安心してしまったリュウは、服を用意してもらった後、言われるがままロダ少佐の後を付いて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る